「これは、父のものです…どうして貴方が…」
真魚は黙って、指で示した。
海を見渡せる岩場の上。
そこに、石が積み上げられていた。
「覚悟はしていました…」
勾玉を見た時の涙。
既に、父の死を悟っていた。
「私は、結希と言います」
「これには、父の想いが詰まっています…」
その言葉を聞いて、真魚は結希の手に勾玉をそっと乗せた。
その重さで、結希が砂浜に膝を着いた。
そう見えた。
その勾玉を胸に抱きしめている。

「ほう…」
結希の波動が広がり、身体が耀き始めた。
これを観じているのは、恐らく真魚と嵐だけだろう。
「父さん…ありがとう」
結希が泣いていた。
勾玉に秘められた記憶。
結希はその心象を見ていた。
「なるほど…そういう事だったのか…」
真魚はつぶやいた。
広がる結希の波動の中に、真魚もいる。
その意味は、いずれ現実となる。
真魚が印を組み、呪を唱えた。
七つの光の輪が回っていく。
「ああ…」
結希が声を上げて泣いた。
周りにいる者達は、父の死を悲しむ娘の姿を見ている。
だが、そうではなかった。
結希は、生命の渦の中に埋もれていた。
それは、真魚が導いたものだ。
結希の身体が震えている。
悲しみを押さえきれない。
その姿に、涙を流す者もいた。
だが、結希は悲しんではいなかった。
感動して、泣いていたのだ。
それは、神の慈悲に触れたからだ。
勾玉の力を、真魚は利用した。
勾玉の記憶が、結希の心の扉を開いたのだ。
結希の身体から、溢れる慈悲の波動。
真魚は、結希の頭の上に手を置いた。
一瞬、結希の身体が輝いた。
だが、ゆっくりとその耀きは消えていった。
結希は、勾玉を抱きしめたまま、しばらく動かなかった。
動かなかったのでは無い。
動けなかったのだ。
結希が、砂浜に片手を着いた。
そして、大きく息を吸い込んだ。
はき出すと同時に、目を開けた。
真魚を見上げて、笑った。
「ありがとう…父が…」
そこまで言いかけた時…
兄が勾玉を結希の手から奪い取った。
「この勾玉は俺のものだ…いいな…」
「いいわよ…」
結希は、あっさりと勾玉を手放した。
真魚、はそれを見て笑っていた。
「何がおかしいのだ!」
真魚の表情が、気に入らなかったようだ。
「お主は、父の死に何も感じないのか…?」
真魚は、兄の不自然な行動を指摘した。
「死んだ者は帰って来ない…これは、父が生きた証だ」
兄は勾玉を高く掲げた。
「その勾玉に何がある?」
真魚は兄に尋ねた。
「これを持った者だけが、頭になれる資格を持つのだ!」
「兄上、それは…」
結希が、何かを言いかけた。
「お主らは、頭を決めるのに石投げをするのか?」
だが、 真魚のその言葉がそれを遮った。
「石投げだと…」
結希の兄が、戸惑っている。
真魚の言葉の真意を、理解出来ないでいた。
「その石を投げて、拾った者が頭になるのかと聞いているのだ…」
真魚がそう言い直した。
「この勾玉を持っているのが、頭なのだ!」
「おかしな奴らだ…」
真魚が笑っていた。
「お主らは…」
「その勾玉を持っていれば、誰にでも命を預けるのか?」
「何だと…」
真魚の言葉で兄の表情が変わった。
「俺は、信頼できる者にしか、命は預けない…」
真魚はきっぱりそう言った。
「俺に…その資格がないと言うのか…」
「だめよ!この人と戦ってはだめ!」
今にも斬りかかろうとする兄を、結希が止めた。
「この人は間違っていない…」
結希は兄に向かってそう言った。
「今のように…」
「感情のままに行動を起こせば、仲間が死ぬかも知れない…」
「頭の行動をしては、どうなのかしら…」
結希は兄を窘めた。
「二人で力を合わせば、良いでは無いか?」
真魚が明確に答えを言った。
「見た所、兄の剣術は相当の腕前だ…」
「だが、結希はその点では使い物にはならぬ…」
「結希は洞察力に優れ頭が良い、勘もするどい…」
「だが、この点では、兄のお主は使い物にならぬ…」
「そうだろう…結希…」
真魚は結希を見た。
「全て、分かったような話しぶりだな…」
兄はあきれ果て、背を向けた。
結希は笑っていた。
兄が背を向けたのは、負けを認めたと言うことだ。
「あなたって本当に貴族なの?」
「あなたのような方が国を治めれば、良い国になるかも知れないわね…」
全てを見抜いた真魚に、結希は呆れていた。
「多分、皆もそう思っているわ…」
結希は、真魚を見て言った。
「あなたがいなければ、父の願いは兄に届かなかった…」
「初めから、知っていたんでしょう?」
それは、真魚への確認の言葉でもあった。
勾玉から、予め何かを読み取った。
結希は、真魚にそう言っているのだ。
「お主らは、二人揃って一人前だ…」
「父の願いは、届いたのではないのか…」
真魚は、態と言葉を濁した。
結希の答えを、引き出すためだ。
「石投げか…うまいこというなあぁ…」
「本当は…石そのものには、意味なんかないのよね…」
「兄にはそれが分からない…」
結希が真魚を見て笑った。
それが、真魚の聞きたかった答えであった。
結希が手を挙げた。
何かの合図だ。
沖の船が動き始めたようだ。
「あなたが父を、看取ってくれたの?」
「俺では無い、俺の友だ…」
「そのお友達に…伝えておいてください…」
「佐伯真魚というお方に逢わせてくれて…ありがとう…」
結希の頬が赤い。
真魚に対する最大の敬意が、込められていた。
真魚は、微笑んでそれを受け入れた。
「これから、父を弔います」
「あなたも、側にいてくれると…父も喜びます…」
「どうする?」
真魚が、嵐に同意を求めた。
「何か食い物が出るのか?」
嵐がそう言って、舌で口元を舐めた。
食べかけの鰺の干物は、既に消えていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-