海に落ちた聡真が、裏返った船にしがみついていた。
「聡真、大丈夫か?」
父の万次が、同じように船を掴んでいた。
「大丈夫って言う…状況じゃ無いよね…」
聡真が目で何かを追っている。
「確かにな…」
その巨大な背びれを、万次も見ていた。
船の廻りを背びれが回っている。
いつ襲われてもおかしくない。
二人が緊張している。

その時…
「何だ!これは!」
聡真が、その凄まじい波動を感じた。
「まだ、諦めるのは早いよ、父ちゃん…」
「そう思いたいが…」
ごおおっぉぉぉっ
突然、突風が吹いた。
「おおっ!」
船が大きく揺れ、振り落とされそうになる。
万次が叫んだ。
水面が割れ、波が起きた。
聡真と万次は、必死にしがみついた。
万次は、鰐に襲われたものだと、思い込んでいた。
「鰐がいないぞ…」
万次は、鰐を見失った。
その事実に気がついた。
「潜ったのか!」
水面下を見ながら、焦っている。
「逃げたんじゃないかな…」
聡真は冷静であった。
「そんな筈は…」
万次は、聡真の言葉を信じる事が出来ない。
巨大な顎を、畏れている。
聡真が冷静なのには、理由があった。
その波動を感じたからだ。
気高く、神々しい波動…
人のものではない。
鰐も絶対にそれを感じている。
自然と深く結びついているもの…
そういうものこそ、畏れて逃げる。
聡真はそう確信していた。
「お~い!大丈夫か?」
仲間の船が助けに来た。
「早く引き上げてくれ!」
生きた心地がしなかった。
万次が仲間に叫んだ。
聡真の頭上から、嵐は海面を覗いていた。
「あれほどの鰐は初めて見たぞ…」
真魚が嵐の背中の上で笑っている。
「奴め、あと少しの所で…」
「食らおうと思ったのか…」
真魚が、悔しがる嵐に呆れていた。
「俺は、朝から何も食っておらんことを、思い出した…」
「忘れておれば良いものを…」
「だが、鰐のひれは美味いらしいぞ…」
真魚は、嵐に追い打ちをかけた。
「お主は、何故それを先に言わぬのだ!」
嵐は自前の燃料を、使い果たそうとしていた。
「待てよ…真魚!」
「ひょっとして、二度目の鈴はこのことか?」
嵐が、突然思い出した。
「おそらくな…」
真魚が海を見渡している。
鰐の行方を捜していた。
「だが、後鬼のいる島からは距離がある…」
「巨大な鰐と雖も、この短い間にここまでは来れぬ…」
「では、どういうことなのだ?」
嵐には見当もつかない。
「何か証を、見つけたのかも知れぬ…」
「巨大な鰐がいるという証をな…」
真魚はそう考えた。
「鰐がいるから気をつけろ、と言う事なのか…」
嵐はそう解釈した。
「海賊と鰐か……」
真魚がつぶやいた。
「お主、また良からぬ事を、思いついたであろう…」
嵐が、真魚に釘を刺す。
「面白いではないか…」
この二つが、繋がっていることは事実だ。
真魚の思考は、無限の彼方へ飛んでいる。
「それよりも飯だ!」
嵐にとっては、こちらの方が重要である。
「捜しに行くか…あの鰐を…」
「この辺りに、あれより大きな獲物はいないぞ…」
真魚のその言葉は、事実でもあった。
「今度見つけたら、絶対食ってやる!」
「ひれだけではないぞ!全部だ!」
嵐は、悔し紛れにそう言った。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-