真魚の懐の中で、鈴が鳴った。
後鬼からの合図だ。
同時に聞こえる覚の叫び声。
「間違いない…」
「皆、逃げろ!水が来るぞ!」
真魚が叫んだ。

「何なのだ!」
頭が驚いている。
「覚の声だ、水が来るぞ!」
「本当か?」
「皆を逃がせ!命を守れ!」
真魚がそう言った。
「急げ!早く、逃げろ!」
頭が皆に避難を命じた。
予め作っていた避難道から、皆が逃げていく。
そこには谺と崑の姿もあった。
覚の声は谺にも届いている。
谺はその事を確信していた。
「菜月はもう逃げたのか…」
谺は、菜月の事を案じていた。
その時…
遠くの畑に、人影が見えた。
「菜月なのか!」
谺の中で、何かが動いた。
「崑、先に行ってくれ!」
谺はそう言うと、走った。
「谺!そっちは危険だぞ!」
今の谺には、崑の声も聞こえなかった。
川沿いの道を、脇目もふらず菜月に向った。
「嵐!」
真魚が嵐を呼んだ。
その瞬間、真魚が消えた。
「真魚…お主…」
頭だけがその事実に気付いていた。
「俺を、あの崖の上まで運んでくれ!」
その先に、岩の崖が見えていた。
「堰が三つあれば村は救える…」
「お主…最初から、そのつもりであったな…」
嵐は、真魚の言葉に呆れていた。
「無ければ、創るまでだ…」
嵐は、真魚を崖の上に運び、姿を消した。
「飯の借りは…返さぬとな…」
真魚が笑っていた。
真魚の手には、例の棒が握られていた。
手刀印を組み、真言を唱える。
七つの輪の光が、真魚を包み込んでいく。
真魚の棒が七色に輝きだした。
膨れあがる生命の耀き。
大気が震えている。
「吽!」
真魚は崖の岩に棒を打ち込んだ。
岩が裂け、大地が揺れた。
だが、そこまでであった。
それ以上、何も起こらなかった。
真魚の眼下の谷に、水が届いた。
真魚は更に霊力を高めた。
その時…
「面白き男よ…お主は何故に、そうする…」
真魚の目の前に、覚が現れた。
「命は輝かねばならぬ…神が創りし理の…」
そこまで言いかけて、真魚は息が切れた。
鬼の様な形相で、覚を見ている。
「理の答えか…」
「それもよかろう…」
覚りはそう言って、ある場所を指さした。
「面白き男よ…そこではない、ここだ…」
覚が指で示した場所。
明らかな地質の分かれ目が、見えた。
「俺とした事が…そんなものを見落としていたのか…」
「だが、俺に、もう霊力は残っていない…」
「諦めるのか…回路は一つではないのだぞ…」
覚がそう言って、真魚に触れた。
その瞬間…
光が真魚を包み込んだ。
「これは…」
真魚の中に生命が流れ込んできた。
「私も長く生きた、この力…お前に預けよう…」
真魚は、棒を一度抜いた。
うおおおおっ!!!
渾身の力を込めて、その場所に棒をたたき込んだ。
どおん!
大地が揺れた。
「面白い使い方を教えてやろう…」
覚がそう言って、棒の尻を指で押した。
ごごごごごっご…
大地の中を、何かが動いていく。
どおおおおおっつ~
岩の崖が裂けた。
崖そのものが谷に落ちていく。
覚の身体が揺れ始めた。
「私は共にある…永遠にな…」
覚はそう言うと、塵になって消えていった。
「その心…我が心と共に…」
真魚はそう言って、空中に飛んだ。
光が奔った。
「なかなか、やるではないか…」
嵐が真魚を乗せて、笑っていた。
「嵐、あっちだ!」
落ちた岩が、水の流を変えた。
谷の底には、三つ目の堰が出来ていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-