役人の男が、山道を登っている。
道はどんどん険しくなり、獣道のようになっている。
谷の底で、流れるはずの水が、枯れている。
男の疲労は、限界に達していた。
「もうすぐです…」
付き人が言った。
心なしか、登りが緩やかになっている。
その時…
木々の間からそれが見えた。
「本当だったのか…」
男は立ち尽くした。

そして、何かに導かれるように、湖に近づいていく。
美しき鏡のような水面。
そこに、自らの未来が映っていた。
頭を下げ、謝罪している。
男の中から、ふつふつと湧き上がるものがあった。
怒りだ。
自分のせいではない。
男がその場に座り込んだ。
両手が土に触れた。
手をついて謝っている。
その心象と重なった。
「こんなもので私の将来が…」
男が拳を握りしめた。
「!」
付き人は、男に纏わり付く黒い影を見た。
見たような気がした。
男が握りしめた拳。
その行き先が、気になっていた。
男は、その拳を振り上げた。
「こんなものの為に!」
男が、拳を振り下ろした。
付き人が目を瞑った。
殴られると思ったからだ。
だが、その衝撃はない。
付き人が目を開けた。
「なんだ!あれは!」
空中に黒いものが集まっている。
その真ん中に、何かがあった。
黒いちいさなもの…
石だ。
その石に、黒い霧が集まっている。
それが、だんだんと大きくなって行った。
「こんなものの為に!」
男が叫んだ。
黒い巨大な塊。
それが、湖に落ちた。
その瞬間、土砂の堤から水が溢れた。
「覚が言っていたのはこのことか!」
木の上から前鬼と後鬼が見ていた。
後鬼は、直ぐに手にした鈴を鳴らした。
「これで、真魚殿には伝わる…」
流れ出した水が土砂の堤を破壊していく。
一気に湖の水が溢れ出していた。
その時…
うぉおおおおおおおおおお~
覚の叫びが轟いた。
今までのような声では無い。
その波動が大地を揺らすほどであった。
菜月と桜が同時に顔を上げた。
谷の上流に何かを感じた。
「覚の声!」
覚の叫びが聞こえた。
その声で二人が目を合わせ頷いた。
「嵐お願い!私と桜を運んで!」
菜月の声と同時に、嵐が霊力を解放した。
次の瞬間には、菜月と桜は別の場所にいた。
菜月が川向かいに、桜が手前に別れ村人に伝えた。
川の側の畑、家、菜月と桜を嵐は運ぶ。
場所を変えて、瞬時に運んでいく。
「これで、飯の借りは返せたか…」
「十分よ!」
嵐の問いかけに、菜月が答えた。
菜月の波動が高まる。
桜も同じだ。
二人の波長が上がっている。
「とにかく高いところへ!直ぐに逃げて!」
水がくるまでに時間が無い。
「みんな逃げて!水が来るわ!高い所へ!」
菜月は出る限りの声で叫び続けた。
村人は、その声で逃げた。
「何も持たないで!直ぐに逃げて!」
菜月と桜の声で、村人が動いた。
お互いの力が、重なり広がる。
それが、大きな力となり、村人の心を揺さぶった。
言葉だけではない。
二人の波動が響き、村の人々に伝わっていく。
救いたいと願う心。
それは、菜月と桜の心の叫びでもあった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-