たきの家では、ささやかな宴となっていた。
「何もございませんが、どうかお召し上がりください」
たきは皆に食事を勧めた。
そこに一人の少女が現れた。

谺の妹、桜であった。
髪が長く、一目で美しいと言える顔立ちであった。
谺の妹とは誰も思うまい。
「おばあちゃんはね、この方を待っていたのよ…」
桜が言った。
誰にでも無い。
菜月に伝えたのだ。
「真魚を…どうして?」
菜月と桜は幼なじみで同じ歳。
気心が知れている。
だが、その話は初耳であった。
「出会ってしまったからよ…」
桜は、たきと真魚の出会いをそう表現した。
「俺が聞きたいのは、獣の叫びだ…」
「あの叫びを、お聞きなされたか?」
真魚が切り出した話に、 たきは何かを感じていた。
「あのものにも、好かれている様ですな…」
たきは笑みを浮かべた。
真魚が聞いた叫びは、真魚に伝えるためかも知れない。
たきはそう言っているのだ。
「あれは覚という物の怪じゃ…」
「物の怪って…妖怪か何か?」
菜月は、今まで気がつかなかった。
「俺には悪いものとは思えんが…」
「さすが…」
「真魚殿で構わぬか…」
真魚の呼び方に、たきは戸惑った。
真魚はたきよりも身分が高い。
だが、真魚はそんなことは気にしない。
「それで構わぬ…」
真魚が笑った。
「覚が、人に危害を加えた事は一度も無い…」
「あれはただ、見ているだけだ…」
「まるで、神のようだな…」
たきの説明を聞いて、真魚がそう表現した。
「真魚殿は気づいておるじゃろ…」
「あの鳴き声は警告じゃ…」
たきが言った言葉は、皆に向けてのものだ。
「警告…」
「だったら…何とかしないと…」
菜月が声を上げた。
「それが、簡単には止められぬのじゃ…」
難しい現状に、たきの考えがまとまらない。
「山を壊すなって言う、睦月の聞いた声と関係があるの?」
菜月がたきに聞いた。
「まさしくその事じゃ…」
たきがその答えを告げた。
「鉄が採れなくなったが、倭への税は未だに鉄だ…」
「何故その事を…」
たきが真魚の言葉に驚いていた。
「知り合いがいて…来る前にちょとな…」
真魚は言葉を濁した。
だが、真魚が起こそうとしている事に、その繋がりは必要である。
「鉄を作るための木を肩代わりに、鉄を工面してもらっているのだな…」
真魚は既に事実を掴んでいた。
「隣の国にな…」
たきは全ての事情を把握していた。
ただの老婆ではなさそうだ。
「どうすればいいの?」
菜月には難しいことは分からない。
やれることしか出来ない。
「税を別の物にするしか無い…」
「だが、そんな事は後でいい…」
真魚がそう言って、たきの顔色を伺った。
「恐ろしいお方だ…真魚殿は…」
たきは真魚を見て微笑んだ。
間違っていなかった。
たきが仕込んだ言霊。
その笑みの中に、その言葉が隠されていた。
「一刻を争う…」
たきがそう言った。
「だが、今ならまだ…間に合うかも知れぬ…」
真魚がそう言った。
「お主ら食わぬのか…」
どこからか声が聞こえた。
「嵐、あんたって!」
菜月が驚いている。
皆が話している間に、嵐が用意された食事を食べていた。
睦月がほおづえをついて、それを楽しそうに見ていた。
「睦月…今、その犬喋らなかった?」
桜がその事に気づいた。
菜月が笑っている。
次に、嵐が何を言うのか気づいている。
「犬では無い、俺は神だ!」
嵐が言った。
「そう言うことなの」
菜月は桜を見て笑った。
「私はもう疑わない、みんなを信じてる」
菜月はそう宣言した。
それは、運命を共にする決意でもあった。
「あなた…神様まで連れて来たの…」
桜は驚いていた。
「だから、覚の事もわかるのよ…」
菜月の言葉に桜が気づいた。
「菜月、滝の裏に行ったわね…」
睦月を見た。
睦月が笑って舌を出した。
「その事はいいのじゃ…儂が仕組んだ事じゃ…」
「全てが感じた通りなら、真魚殿はそういうお方と言うことだ…」
「しかも、神の化身まで連れておる…」
「お主、少しは分かる様だな…」
たきの神の化身と言う言葉に、嵐がそう返した。
それは、嵐の本来の姿を見ていると言うことだ。
「それにしても…嵐…」
菜月が嵐を見た。
「どうしたのだ、皆の分は残してあるではないか…」
「これが…」
器の中に少しずつ。
後は嵐が食べてしまっていた。
「嵐、借りを作ってしまったな…」
真魚が笑って言った。
「ちと…足りぬがな…」
嵐が舌で口元を舐めた。
「足りないんだ…」
桜が呆れていた。
「私も手伝うか…」
菜月が立ち上がった。
「まだ、次があるのか?」
嵐が喜んでいる。
「それ、全部食べていいわよ!」
「違うのが来るのだろ…」
嵐はそれを楽しみにしている。
「あなたの分はあるかしら…」
菜月がそう言って、空になった器を引き上げている。
「借りは沢山作っておいた方がいいぞ!」
嵐が菜月に言った。
「ちゃんと返して貰うわよ!」
菜月が嵐に言った。
「契約成立だな…」
真魚が笑って見ていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-