どん!どん!
「塊様にお目にかかりたいのですが!」
雫の父が大きな門の戸を叩いた。
しばらくすると足音がした。
「どういうご用件でございましょう?」
門戸の裏から声がする。
か弱い女性の声だ。

「隣村の辰と申します」
「陽炎様に会わせて頂きたいのです」
「しばらくお待ちください…」
女がそう言うと、足音が小さくなっていく。
主人の塊に話を運んでいるようだ。
「大丈夫でしょうか?」
雫の母が心配している。
「大丈夫だ、それは間違いない…」
真魚には自信があった。
この家の異常さがそれを証明している。
小さな足音が近づいてきた。
がたん!
音を立てて扉が開いた。
「こちらへお回りください」
少女であった。
雫よりも三つほど歳は下に見えた。
この家の娘ではないことは、見て分かる。
その少女について歩いた。
中庭に出た。
寝殿造りとまでは行かない。
それでも、ただの農夫にしては、たいそうな屋敷であった。
濡れ縁に一人の男が座っていた。
頭の毛が薄く太っている。
目が細くつり上がり、口元には髭を蓄えていた。
そして、その後には同じよう体型の女がいた。
恐らく塊の妻であろう。
髪を結い上げ、唐衣の様な艶やかな着物を着ていた。
貴族ではない。
それさえも異常な雰囲気を創り上げている。
真魚達は濡れ縁の前に通された。
少女が地面に膝をついた。
皆が習って腰を落とした。
塊の前に父の辰が立った。
「陽炎に会いに来たのか…」
塊はそう言って笑みを浮かべた。
欲の深い笑み。
獲れるものは全てはぎ取る。
そう言う目をしていた。
「それで…」
塊はそう言った。
真魚にはその意味が分かっている。
だが、黙って見ていた。
「娘の雫が…」
「そんな事はどうでもいい!」
塊の声が辰の声を遮った。
最初から、辰の話など聞く耳は持たない。
それでようやく雫の父、辰が気づいた。
「これで、どうにかお願いいたします」
背負ってきた作物。
袋に入った僅かな金銭。
それが、雫の家の財産であった。
辰はそれを濡れ縁まで運んだ。
そして、持っていた籠を濡れ縁に置こうとした。
その瞬間。
「こんなものいらぬわ!」
塊がその籠を蹴り飛ばした。
庭に転がる作物。
その時、真魚の目が輝いた。
立ち上がった真魚の目が輝いたように見えた。
塊は真魚の波動に後ろに下がった。
「な、なんだお前は…」
塊が真魚の波動に畏れている。
真魚は懐に手を入れた。
「お、俺を、殺す気か!」
塊は狼狽えた。
「何を畏れているのだ、お主は…」
真魚が懐から出したものを塊に投げた。
「これで、どうだ!」
真魚のその言葉には決意が込められていた。
「わ、分かればいいのだ…」
不服そうに男は言った。
塊の足下には、親指ほどの金塊が三つ転がっていた。
それを受け入れなければ命がない。
塊はそう感じたに違いない。
真魚は膝をつき作物を拾い始めた。
雫の母が慌ててそれを手伝った。
「これは俺が買わせてもらう」
「それだけの価値がある…」
真魚はそう言った。
人を生かすために投げだされた生命。
その尊さは計り知れない。
それを足で蹴り飛ばした。
その男に同情の余地はない。
人は犠牲にした命で身体を繋ぐ。
生きているのではない。
生かされているのだ。
そこには必ず意味が存在する。
生を感じない者は、死んでいるのと同じだ。
雫は呆気にとられていた。
一瞬、真魚から出た波動。
それは、雫の心を抜けて行った。
塊にとっては恐怖であった。
だが、雫には違った。
「佐伯様…」
真魚に心を射貫かれた。
雫はその心を抱きしめていた。
「言っておくが、あの男だけは止めておけ…」
それを見ていた嵐が小声で言った。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-