嵐が子犬の姿に戻った。
「かわいい!」
響が思わず声を上げた。
村の外れの森の影。
そこに嵐は降りた。
響がいる以上、人目につく訳にはいかない。
それは真魚の指示だ。
「こんなにかわいい子犬さんだったなんて!」
響が逆の意味で感動している。

「言っておくが、犬ではない、神だ!」
子犬の姿では説得力が全くない。
本来の姿のように、神々しさも消えている。
響は思わず嵐を撫でている。
「犬ではないと言っておろうが!」
子犬の扱いに嵐は不機嫌だ。
「それで、どうやって母を説得するの?」
奏が真魚に聞く。
「さて、どうするか…」
「考えてないの?」
真魚の煮え切らない答えに、奏が口をとがらせている。
「手は幾つもある…」
真魚が奏の態度にそう答えた。
「幾つも?」
幾つもあるというのが、 奏には想像がつかない。
それは予想外の答えだった。
心はそうそう変われるものではない。
神の祟りという恐怖に縛られた母の心。
それをどうやって解きほぐすのか、奏には想像すらつかない。
「恐怖には、恐怖か…」
真魚はそう言って口元に笑みを浮かべた。
「奏の母は屍を見ていないのか?」
「どうして?見たのは私と稜だけ…」
「では、亡骸はどうやって弔ったのだ」
真魚が奏の答えにそう問いかけた。
「そのまま山に葬ったんだと思う」
「村の男衆が手伝った様な気がする…」
幼き頃の記憶は定かでは無い。
「自らが見たものの記憶は鮮明だ」
「そうだろ、奏…」
真魚が奏の記憶を確かめている。
「うん…」
奏は頷いた。
「見た奏の記憶と、それを聞いただけの響…」
「二人の記憶では絶対的な違いがある」
「絶対的な…違い…?」
奏は考えた。
「その違いが呪縛を解く鍵だ」
真魚の言葉が奏の考えを結びつける。
「呪縛を解く鍵…」
奏の中で思考の断片が繋がっていく。
「奏は覚えているけど、私はもう悲しみしか覚えていない」
響がそう言った。
「私は何もかも覚えている…」
奏は目を瞑っていた。
「忘れることなんか出来ない!」
奏の記憶からその事件が消えることはない。
「その違いは何だ?」
真魚が奏と響に聞いた。
「見たか…見ていないか…」
奏が答えた。
「そうだ、だがもう少し詳しく言うと…」
「体験したか、しないかだ」
真魚は二人にそう言った。
「体験こそが人を変えるのだ…」
「その時、心で生み出すものが全てを繋ぐ」
母の心を目覚めさせるにはそれしかない。
「その力が人を変えるの…?」
響が可能性を見つけた。
「母も変われる…」
奏が希望を見つけた。
「でも、どうやって…」
奏にはその先が分からない。
「母は偽物の神を信じている…」
真魚が二人を見て言った。
「そうか…」
真魚の言葉で響が気づいた。
「本物を…!」
奏がその扉を開けた。
「だが、本物を見るには少し段取りが必要だ…」
「直ぐにとは行かぬ…」
真魚の中では既に何かが動き始めている。
「でも、私達は見ることが出来たじゃない!」
奏が真魚に詰め寄る。
「二人には特別な力がある…」
真魚が二人を指さした。
「私達が…特別?」
奏と響が同時に言った。
「それだ…」
真魚は口元に笑みを浮かべた。
「神が向こうから降りてくることは先ずない…」
「こちらから出向く必要がある」
「私達は何もしていない!」
また二人の声が揃った。
「仕方ない奴らだ…」
嵐が呆れていた。
奏と響は顔を見合わせて笑った。
「神に近い、恐ろしいものがいるだろう?」
真魚がその波動を感じたようだ。
「おっ、そう言う手があったか!」
嵐が二人より先に気づいた。
「なにっ?嵐?」
響が嵐に聞いている。
「そういえば…お主はまだ見ておらぬ…」
「あっ、そうか!」
嵐と響のやりとりで奏がようやく気づいた。
「噂をすれば…」
嵐がその波動に気づいた。
だんだんと近づいてくる。
「えっ、何?」
その波動を感じた響が、答えを知りたがっている。
突然…
空から人が降ってきた。
響はそう感じた。
「どうした?うちの顔に何かついておるのか?」
光を追ってきた後鬼が到着した。
響はその姿に口を開けたままだ。
「お、鬼…」
響の足が震えている。
立っているのがやっとだ。
だが、踏みとどまれたのは奏を見たからだ。
奏は畏れていない。
響はその奏の心を感じ取っていた。
「ひょっとして…これが…答え?」
響がその答えにたどり着いた。
『二人が持つ特別な力…』
それが分かったような気がした。
「これとはどういうことじゃ!」
後鬼は少しだけ勘違いをしていた。
「うちは後鬼じゃ!」
「お主とは初めてじゃったな」
後鬼が響を睨んだ。
だがその口元に笑みがある。
その様子を見て皆が笑っていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-