翌朝、東子が目覚めるとそこには誰もいなかった。
それが現実であった。
知らない間に眠りについていた。
「!」
枕元に紙に包まれた何かがあった。
その横に文が置かれていた。
東子はその文を読んだ。
東子の瞳から涙が一筋だけ流れた。
「紗那…」
東子は名前を叫んだ。
一度手にした感動。
東子は心の奥のそれを確かめる。
そこに手を伸ばせば紗那がいる。
「ありがとう…」
紗那からの文を抱きしめてそう言った。
外から射しこむ光が東子に語りかけている。
東子は立ち上がり縁に出た。
光が東子を包み込んでいく。
「こんなに…」
東子の瞳から涙が溢れていた。
「こんなにきれいだったんだ…」
東子は世界の全てを受け入れている。
紗那が教えてくれた。
それは、東子への最後の贈り物であった。

朝の光がまぶしく感じた。
湯守は仲成の屋敷の庭にいた。
真魚に言われた通り、庭にあるものを埋めていた。
「これで良し…」
仲成にはその旨を告げている。
だが、これはただの物だ。
別に霊力があったりと言うことはない。
だがそれでいいのだ。
信じれば、それが何であってもいい。
神が導くのではない。
人は自らの心に導かれるのだ。
湯守はそう感じていた。
結局、後を付けて来た者は、森で迷子になった。
それを湯守が屋敷まで連れて帰って来た。
その夜から付き人は体調を崩し寝込んでいる。
どうやら本当の神の怒りに触れたらしい。
その事実がさらに仲成を悩ませた。
仲成は真魚の言うことを聞くしかなかった。
ただの私度僧。
その男の言うことを聞くのが腹立たしいようだった。
「ほんとに…すごい人だ!」
湯守は真魚のことを心の底からそう感じていた。

三笠山。
神の山の上にいた。
全てはここから始まった。
そして、また始まろうとしていた。
「お主はこれからどうするつもりだ…」
子犬の嵐が紗那に聞いた。
「わかっておると思うが、お主はもう死んでいるのだ…」
生きている紗那に向かって死んでいると言うのもおかしな話だ。
「あてはないが…」
紗那の言葉に含みがある。
「何かやりたいことがあるのか?」
真魚が何かを感じた。
「男にしか出来ないことってのはどうだ?」
紗那がそう答えた。
「お主、俺たちをからかっているのか?」
嵐が紗那に文句を言っている。
「そうでもないようじゃぞ…」
前鬼は言葉の波動をそう受け取った。
「だが、難しいぞ…」
「しきたりと言うものがあるからな…」
後鬼がそう言った。
「男の世界に風穴を開けてみるか…」
真魚がそうつぶやいた。
性別の壁。
この世界の誤解を真魚は憂いでいる。
「何かあてがあるのか?」
嵐には想像もつかない。
「鉄斎殿に頼んでみるか…」
真魚がそう言った。
「刀鍛冶ですか、だがこれも…」
「それはいい!」
前鬼がそこまで言いかけた所で、紗那が声を上げた。
「刀鍛冶とてしきたりは厳しいぞ…」
「今は男しか許されておらぬ…」
嵐の少ない知識でもそれぐらいは分かる。
「だが、面白いかもしれぬ…」
前鬼が考え込んだ。
「紗那なら、新しいものを生み出せるかも知れぬ…」
真魚が言った。
「鉄斎殿が打った夢幻刀は守りの刀であったな…」
人を傷つける為に打った刀ではなかった。
前鬼がその事を思い出した。
「刀は穢れない心で打つもの…」
後鬼の考えも傾き始めた。
「心の扉、開きし者が打つ刀…見てみたい気もするな…」
前鬼の心象が広がっている。
「嵐、行ってみるか!」
真魚が嵐に言った。
「仕方ない奴だ…」
嵐がそう言うと霊力を開放した。
「山奥の一軒家だ、誰にも見つかるまい」
本来の姿に戻った嵐がそう言って笑っている。
「だが、お主はまた名前を変えねばならぬな…」
嵐は更にそう言った。
「また…?」
「紗那は本当の名前ではないのか!」
前鬼がその事実に驚いている。
「騙したつもりはないぞ…皆が勝手に思い込んだだけだ…」
紗那がいい訳をしながら嵐に乗った。
「真魚殿は知っておったのか?」
後鬼が真魚に問いかける。
「まあな…」
真魚が嵐の背中で笑っている。
「あの時…ですな…」
後鬼が思い出していた。
紗那が生死の境をさまよった時だ。
気がつくと嵐の姿はなかった。
「また…儂らはおいてけぼりか…」
前鬼がため息をつきながら空を指さした。
「いまいましい~」
「爺さんうちらも行くぞ!」
空に輝く一筋の光。
「あの光を追いかけるのじゃ!」
後鬼はその光を見てそう言った。

直刀から曲刀へ。
その後の世界に、美しい曲線を持った刀が伝わっていく。
その女性的で繊細な曲線は見る者を虜にした。
機能と美しさを兼ね備えた理想的な形。
一振りの刀がその流れを変えた。
ためらうほど美しく、そして儚い。
穢れ無き美しい波動を放った刀だったという。
そして、その美しさの為に、一度も使用されることはなかった。
それ故に、いつしか人は…
『不殺刀-ころさずのやいば-』
そう呼ぶようになったという。
その刀を打った者の名は誰も知らない。
その刀も今はない。
だが、その心は今も受け継がれている。
―心の扉 完―