空の宇珠 海の渦 第六話 その二十六 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






陽が沈み始めた。
 



森の中に(ひぐらし)の鳴く声が響いている。
 


その木の上の甲高い音に混じって、草の中で虫の鈴音が聞こえている。
 



敵は動かない。
 


空はまだ明るい。
 



「やはり夜なのか…」



田村麻呂は夜に備えて灯りの準備をさせている。
 


「動かぬならば…こちらから行くぞ…」


田村麻呂はそう考えた時であった。
 


一枚の紙切れが田村麻呂の前に落ちて来た。
 

鳥の形に手でちぎられている。




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「!」

 
それが何であるのか…
 


田村麻呂は気がついた。
 


理由はない。
 


そう感じただけだ。
 


「来るか!」
 


田村麻呂が声にしてそれを告げた。
 


それが始まりであった。 



その瞬間…
 


虫の音が止んだ。
 


何かに怯えたように全ての虫が一瞬だけ鳴き止んだ。
 


有り得ない。
 


そう感じただけなのか…
 


本当にそうなのか…
 


だが、その一瞬の静寂を田村麻呂は認識していた。
 


そして、悲鳴が上がった。
 


その悲鳴が伝染していく。
 


何かが起こった。
 


兵が呻いていることは間違いない。



一人だけではない。
 


その声が聞こえる。
 


兵達の叫ぶ声が森に響く。
 


事態の確認を求める声…
 


悲鳴…
 


呻き…



空はまだ少し明るい。
 


だが、陽は沈んで行く。
 


森はどんどん暗くなる。
 


その速度に目が追いつかない。 
 


夜であれば灯りをともしている。
 


だが、まだだと思っていた。
 



薄暗い森の中で兵達は狼狽える。
 


見えない何かに襲われている。


 
その恐怖と戦う事になる。
 


自らが生み出した恐怖と戦う事になるのだ。
 



「薄暮か…さすがだな…」



田村麻呂は口元に笑みを浮かべている。
 


歴戦の将である田村麻呂も笑うしかない。 




「蝦夷の時もそうであったな…」
 

全てが後手に廻る。

 

「田村麻呂様!」
 


兵が田村麻呂に指示を求めに来たときには、収拾がつかなくなっていた。
 



恐怖そのものが渦を巻いて大きくなっている。
 


それは倭の兵が生み出したものだ。





「真魚よ、これぐらいで良いのではないか…」


森の影で、嵐が本来の姿で立っている。
 

「そうだな…」


真魚はその渦を感じている。
 

その視線の奥に既にそのものを捉えている。
 


「だが、飛炎と疾風…なかなかのものだ…」



真魚は二人の働きに驚きを隠せない。



「どうりで…倭に恨まれる訳だ…」


その力を高く評価している。
 


「一度、引く…」
 

真魚はそう言って嵐に乗った。





「田村麻呂様!いかがいたしましょう!」


笑いがこみ上げてくる。
 


これほど差があるものなのかとさえ思う。
 


だが、これが今の倭の力だ。
 


「こう暗くては戦は出来ぬな…」


「松明に火を灯せ!」
 


そして、田村麻呂がこう叫んだ。



「屋敷に火を放て!」



その眼差しは燃えさかる炎の様であった。




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続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-