鉄斎の仕事も終わりに近づいていた。
刀は打ち終わった。
今はその刀に土を塗っている。
土置きと呼ばれる作業だ。
この後焼き入れに入る。
そのための前処理である。
だが、これからの作業は経験がものを言う。
始めたばかりの我夢などには遠く手が及ばない作業だ。
「この土を置いた所焼き入れの際、温度が低くなる」
「水に入れた時にゆっくり冷える」
鉄斎が我夢に説明している。

「なるほど…」
我夢は考えている。
「どうなるのじゃ?」
鉄斎が我夢に問う。
「違うのは分かるが…」
我夢が考え込む。
「早く冷める方が固くなる」
鉄斎が助け船を出した。
「だから刃のあたりは塗って無いのか…」
我夢は何となく気がついた様だ。
「誤解をするでない、固いから強いのではない」
「これは人と同じじゃ、意思の固いものが強いのではない」
「固いものはもろい…」
「本当の強さは両方を併せ持つ」
「柔と剛は表裏一体」
「光と影もこれに同じだ」
鉄斎が言っていることは全てに通じている。
「この土置きと焼き入れの温度、その取り出しの具合…」
鉄斎は一度刀を作業台から外して手に取った。
「それが全てを決める」
そう言って土の出来映えを確かめた。
「これでいい」
後は焼き入れを残すだけだ。
まだ気を抜くことは出来ない。
焼き入れに失敗すれば取り返しがつかない。
一からやり直すことになる。
「土が乾いたら焼き入れだ」
鉄斎のその言葉で我夢が緊張する。
もうすぐできあがる。
我夢はそれが待ち遠しい。
刀作りの奥深さを感じていた。
その楽しさを感じ始めていた。
そこに未来を見つけようとしていた。
夕闇が迫ろうとしている。
その日の修行はいつもと違っていた。
なぜなら鉄斎が見ているからだ。
真魚と木刀で睨み合っている。
真魚はいつもの棒を使っている。
「こんな短時間に…」
鉄斎は驚いていた。
鉄斎の常識では考えられない。
鉄斎は師の元で十数年剣術を学んだ。
我夢はたったひと月ほどだ。
我流の修行ではとてもたどり着けない域に達していた。
『負けるかもしれない…』
鉄斎はそう感じた。
それほど我夢の剣術の腕は上がっていた。
そして、棒で立ち合う真魚の技に見とれた。
「なるほど…」
真魚の技を見ればどれだけのものか分かる。
ただ、この技を教えた者が存在する。
それを鉄斎は知りたくなった。
「合格だ!」
真魚が我夢に言った。
「もう教えることはない!」
そう言って真魚は我夢に真剣を持たせた。
「構えてみろ」
真魚がそう言うと我夢が真剣を構えた。
離れた場所から真魚が何かを投げた。
早すぎて分からなかった。
だが、同時に我夢の刀をが動いた。
我夢の足下に木の枝が落ちていた。
我夢がその枝を二つに切り裂いていた。
その枝を鉄斎が拾って見た。
「刀を見せてみろ」
鉄斎が我夢の刀を奪う。
その刃をじっと見ている。
「このなまくら刀でのう…」
鉄斎が笑っている。
「見事だ、我夢」
鉄斎が我夢を見た。
「自分の未来は自分で決めろ」
鉄斎がそう言って我夢の肩に手を置いた。
「親父…」
我夢は照れくさそうに鼻を掻いた。
「真魚殿、よくぞここまで…」
鉄斎は真魚に礼を言う。

「仕上げが残っている」
真魚が鉄斎に向かって言った。
鉄斎は真魚の目を見て笑みを浮かべた。
それを見て真魚が笑う。
「こんな時が来るとは…」
鉄斎は真魚に感謝していた。
その目は既に明日を見ていた。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-