7年程前に認知症になった母です。
これは、3年程前。
久し振りに会ってこんな状態になっているなんて!と驚いた、3年前。
今は、もう寝たきり。
この冬を越すのは厳しいと言われている。
NLPの勉強を始めて色んなことが分かって来ました。
コミュニケーションがいかに人と人との繋がりに大きく作用されているか。
母が認知症となる前から、様々な前兆がありました。
父に気づいて欲しかった様です。
何らかの病気を患って、病院に通う事で気を引こうとしていたことも度々。
しかし、気づいて欲しい、と言う思いは、昭和一桁生まれの我が道を行く父にはまるで通じず。
大勢の人が居る中で、突然歩けなくなってみたり。
色々やってみたけれども、テレビや映画のストーリーの様には行かず。
病気になれば、あの父でさえ優しくしてくれる、と言う思いは打ち砕かれ、全てを忘れると言う方法を取って認知症となった母でした。
これは、私がその様に受け取っているだけです。
しかしながら、母の口癖は、
「なぁんもせんで、寝て暮らしたい!」
これが、母の夢でした。
晴れて、認知症となって施設に入り夢が叶いました。
全て忘れる、と言う手段を取り、平和に幸せな人生を全うしつつあります。
家事が大っ嫌いで、専業主婦だったのにほぼほぼ何もしない母。
感情でしか物を言わない母。
お互いの気持ちを言葉にする事もなく、ただただ怒りを発散させるだけでしか会話してこなかった両親。
そう言う時代だったのかもしれない。
ご近所さん達とて、うまくコミュニケーションが取れて家族円満と言う所は、ほぼほぼ見かけなかったし。
実家にたまに帰省して、ご近所さんの様子を伺うと、ほぼ100%、みんなガンになっている。
元気なのはうちの父一人くらい。
病気になれば少しは優しくしてくれるかも、とか、少しは何か変わるかも、とか、淡い期待を持って同情を待ちわびている。
うちの父だけどうしてこんなに元気なのか?
「お父さん、笑いながら死んで行こうと思うちょる。」と言う。
父は、自分の思うように自分の人生を最大限楽しんで自分の人生を生きて来たから。
でもね、それを陰で支えて来たのは、母なんだよ!と言っても、まだ分かってもらえないかな?
コミュニケーションにも方法があるんだよ、と言う事をずっと昔に両親が知っていたら、状況は随分と違うものになっていたかもしれない、と思うこの頃です。
コミュニケーションがうまく取れていなければ、病気になっても誰も優しくしてくれない!
