救う、とか
救われる、とか
癒す、とか。
どこか、
依存的な匂いもあり
あんまり好きではなかった。
あるとき、
何かを考えてた時、
だんだん
意識が別の次元に飛んでいって
あ、
すくわれるって、そういうことか
と思った。
救われるって
掬われる、こと。
金魚すくいみたいに、
茹で上がった
白玉だんごみたいに、
おたまで掬われる。
今いる次元から
一つ上の次元に。
ヒョイっと、誰かに。
掬われたらどうなるか。
これまでいた次元には
もうそこには自分はいなくて
上から、これまでいた世界を
俯瞰して見るような感覚で
それまで問題だったことが
問題でなくなる。
ただ、
立ち位置が変わるだけで
自分自身は
何も変わらなかったとしても
見える世界はガラリと変わる。
「救われる」って
依存ではなくて、
ただ、
視点が移動するだけだった。
「見る」
「観る」
「視る」
「診る」
肉体的な視力とは
違う視力が人にはある。
幽霊とか、
見えない存在が見える、
とかでもなく
無意識の世界に対する
感知能力みたいな?
今、
見えていないものを
もっと見たいなーーーー
と思っていたのだけど。
昨日実家に帰ったら
私の母が
白内障の手術をしたそうで
母の見える世界が
クリアになってた。
母の視界が変わったら、
私の世界も
これまでとは違うものになっていて。
これからの私の世界が
ますます楽しみである。
