『Blue』と言われて真っ先に思い出す映画。それがキェシロフスキ監督のトリコロール三部作の中の「青の愛」だ。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞をとった作品なので、ご覧になった方も多いだろう。

トリコロール/青の愛


冒頭の青い暗闇の中を走り抜ける車のシーン、キャンディーの青い包み紙、青いガラス細工の飾り、プールの青い水、テレビの青い画面、夫の曲が甦る瞬間に現われる青い光……、至る所に象徴的に登場する青いモチーフ、青い風景。
その映像美もさることながら、私が惹かれるのは主人公ジュリーを演じるジュリエット・ビノシュの存在の透明さである。

最愛の夫と娘を事故で失うという絶望に更に追い討ちをかけるように、夫に愛人がいたこと、そして愛人が夫の子を身篭っているということが発覚。「ダンナガナンダ!」と言ってしまいそうな状況の中で、あくまでも彼女はその青のごとく透明なのだ。

多分私なら、怒りに燃えた挙句、夫の遺骨を灰にして畑にでもばら撒いて、「オマエなんか野菜の養分になって私のウンコで流れてしまえ」と遺影に唾し、遺産を食い潰す位が精々だろう。
しかし、彼女は、絶望しても葛藤してもやっぱり透明感を失わず、作曲家であった夫の未完の協奏曲を完成させるという作業の中で、本当の自由を見つけていく。その姿は時に感傷的で、時に痛々しく、背景に流れる青と交わって何よりも美しい。

ジュリー(ジュリエット)の気持ちに寄り添い、映像世界の美しさを堪能しながら私は思う。青く美しく、透明でありたいと。
シモネタてんこ盛りの脳みその中を一度清浄化すれば、少しは透明であれるだろうか。

手始めにジュリーの髪型を真似、フランス語を習い始めたのはハタチの頃。その後現在に至っても語学はさっぱり上達せず、増えていく語彙はエロネタばかり。若い頃から俗世の垢にどっぷり漬かったこの脳が透明感を目指すのは、どうやら至難の業のようだ……。

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◆ゲストライター:コマツマコ

komatsu_mako

すぐ寝るくせに酒が好き、規則に縛られることが苦手なくせに法学部出身、DVD録画も満足にできないくせにIT関連企業に就職、という逆説的シチュエーションに滅法弱いM気質。
少しは人目を憚れよというツッコミにもめげず、ひとつ年上のオットとのラテンでLuvholicな毎日を送る、好奇心旺盛かつ脳内迷宮な回文大好き典型的射手座O型。
座右の銘は『やられる前に殺れ』