一目ぼれだった。

高原にある伯父の家で夏休みを過ごしていた。夏休みといっても学校にはしばらく行っていなかった。
何もかもが鬱陶しくて何もかもに逆らおうとしていた。
両親は「好きにしなさい」と言い、わたしは本当に好きにさせてもらった。

初夏の高原で彼に初めて出会った時、わたしはすぐに彼に触れてみたくなった。
少女だったわたしが初めて触れたいと思った肉体は美しい筋肉と濡れた瞳の持ち主だった。

わたしと目が合うとまるで挑発するように一歩近づいてから
わたしに背中を向けて朝靄の中に走っていってしまった。

とにかく、彼に触れたかった。
理由はよくわからないけれど、わたしの中の動物的な直感が彼を欲しているのだ。
彼と一体になってみたいと思った。
彼となら流れに飲み込まれても壊れない強さを手に入れられると確信した。

毎日同じ場所でわたしたちは会うようになった。
彼とわたしが一つになるのに時間はそうかからなかった。

彼の息とわたしの息が一つになる。
彼の鼓動とわたしの鼓動が重なる。
彼の漆黒の髪に触れ彼の上でわたしの体が揺れる。
わたしの思うように彼の筋肉が動いて、風を感じる。
言葉はなかった。
一体感の歓喜の後の絶望を共に味わった。


高原の早い夏が終わる頃に彼はあっけなく、死んだ。

あんなに情熱的に愛していたのに、悲しくなかった。
不謹慎にも嬉しいとさえ思った。
彼をわたしの体中に永遠に閉じ込め、わたしは体中の彼と流れるように生きようと決めた。

その夏以来、馬には乗らなくなった。
彼は馬だった。

秋から、お祭りみたいな学校生活を過ごして、数年後に社会にでた。
あの夏以来、いくつかの恋愛をしたが一目ぼれをすることなく結婚した。

男との間に子供が生まれた。
ある日、わが子の美しい肉体をみていると無性に抱きしめたくなった。
自分でも困惑するくらいの動物的な衝動だった。
彼との情熱的な日々のことを思い出した。

体内に閉じ込めた彼が時を経て、わが子に姿を変えて目の前に出現した。
きっと生まれ変わりだ。

天と地がひっくり返っても、わが子を永遠に愛するだろう。
だって、生涯一度だけの運命的な一目ぼれをした相手だから。


選手の男女が区別されていない唯一のスポーツ、馬術。
牡馬の彼が娘に生まれ変わるのも納得です。

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◆ゲストライター:葵 陶子

aoi_toko

典型的な一人っ子性格の元ナースは現役大学生主婦。
貧弱なボディからは想像のできない行動力と妄想力。人生の選択基準は「おもしろさ」。聞き間違い・思い違い・言い間違い、つまり「勘違い」体質。
夫と娘を巻き込んでの爆笑とハプニングの毎日は突っ込みどころ満載。
紅茶とチョコレートマニア。