energyの厄介なところはいつまでも体に留まっていない、ということだろうか。辞典を開くと『ものごとをなしとげる気力』と書いてある。だったら、何かをやり遂げたいと思ったらそのプロジェクトが終わるまでは体に留まっていてくれなくてはならないのだ。だというのに。彼はあっさりと期待を裏切って、とある月夜の晩や雨降りの休日に出て行ったりするのだね。書き置きひとつ残さずに。

かくして女はその男らしい背中に、
「energy,come back~~!!」
と叫ぶのであった……

などと悠長なことを言って戻ってきてくれるなら溜め息をついたりしないものだ。そもそもenergyが出て行くと『時間』もセットになっているから無駄が生じて仕方がない。
「やる気でない……」といってだらだらしている間に洗濯物は溜まるし炊事場はてんこもり、「おい、あの案件どうなった?」と留守番電話は罵り”お返事ください”とメールはうたう。しまいには子供や旦那が愛が足りないと吠えだすではないか。ささっとやれば今日中に出来たものを二日に渡ってやらねばならないハメになる。しかも一日で済めばまだしも一週間やそこら続く場合もあるので大変に難儀だ。

もう、いい加減にしちゃって!
なんて叫びたくなってしまうのさ。
だもんだからenergy、君に去られると困っちゃうのよ。

そこで三十代を迎えたあたりからこんな風に頭を切り替えることにした。
「この感情に根拠はない」
energyが逃げて行くとやおら不安感が高まって心配性になったり、臆病でその先の一歩を踏み出せなくなったり、面倒で引きこもったりしてしまいがちだがそもそもそれらは「根拠がない」のだ。
過去の経験と知識から『おせっかい太郎』がenergyの不在を狙って現れているに過ぎないのであって、未来のお告げでもなんでもない。
だからまずは『おせっかい太郎』を流しそうめんの如くさっぱり水に流し、出て行ったenergyを呼び戻すべく自己暗示をかける。

「出来る、出来る……俺は出来る!!」
(俺じゃなくともよい)
そうすると少しずつ力が、出て来るような気がするのだ。
”潮が満ちるのを待つ”という方法も無論あろうだろうけども、私としてはそのネガティブな時間に自分を支配されるのが嫌なのでこうして暗示をかけることにしている。

ものすごく疲弊して気力が出ない人は何も鞭打つ必要はないけれども、ただ闇雲に訪れたネガティブであればさっさと一掃してしまう方が、美容にも健康にも良いのではないだろうか。