日曜。昼下がりの寝室。
ダブルベッドに死んだように横たわる三十路女。
明け方までススキノで過ごした身体からは
タバコの匂いと加齢臭が漂っている。
「おきて。おきて。もうお昼ですよ」と優しく囁く声。
眉間にくっきりと深い縦皺を刻み込み、
ようよう開けた両目には、ごわごわに固まった目やに。
弾力を失った頬には、シーツの跡がくっきりと刻まれ、
鼻や頬の毛穴は開ききっている。
しじみのような目をこすり、寝起き特有の口臭を放ちながら
地獄の番犬ケルベロスのような低い声で
「・・・おはよう」
そんな、もっとも汚い状態であろう私を
「あ!起きた!!やっと起きたの、お嫁ちゃん!
かわいいねえぇぇ」
と、深い慈しみの表情と心からの笑顔で迎え入れる主人。
これを愛情以外のなんと呼ぼうか。
今でこそ、無防備なまでに
ありのままの姿をさらけ出している私だけど
付き合い当初は、もちろん違った。
寝顔はおろか、すっぴんを見せたくないので
極力泊まらないようにしたり。
一緒にいるときにおならを我慢していたせいで
お腹が痛くなって、デートの途中で帰ったり。
なんともかわいらしい努力をしてきた。
主人とは、いわば他人だ。
血のつながりはない。
にも関わらず、それ以上に深い結びつきを感じ
恒久的な愛の存在を思わせてくれる。
これは、単に生活を共にしたことによる
副産物の感情というわけではない。
楽しい時間は誰とだって過ごせるが、
生活態度のみならず、
様々な感情も見せられる相手というのは限られる。
自分をさらけ出すというのは非常に勇気の必要な行動だ。
歓喜も、激昂も、慟哭も、尻穴も、
すべて見せあい、あるがまま受け入れ、
自らを、そして相手を許し、お互いに感謝する。
受諾されている絶対的な安心感は
「愛」という名の
揺るぎない自信を与えるベースを作り上げた。
聖書の言葉ではないが、
愛とは、寛容になり、受け入れることなのだろう。
日曜。うららかな午後3時のリビング。
ソファにごろりと横たわる主人。
ソファにもたれかかるようにして座っていた私は、
ちょっと身体を伸ばして
主人が履くジャージの上から、股間の匂いを嗅ぐ。
ツンとすえた感じの、予想以上の刺激臭に
思わず「くくくさい!!!!」とのけぞる。
それを見て「くさかった?くさかった?」と微笑む主人。
この何気ない、他愛もない行為や時間を共有できることに
もっこり・・・いや、ほっこりとした小さな幸せを感じる。
そして、恥ずかしい部位の恥ずかしい臭いを
生きている証として、当たり前のように受け入れる。
これが愛なのだろう。
いや、これは単なる性癖だろうか。
ダブルベッドに死んだように横たわる三十路女。
明け方までススキノで過ごした身体からは
タバコの匂いと加齢臭が漂っている。
「おきて。おきて。もうお昼ですよ」と優しく囁く声。
眉間にくっきりと深い縦皺を刻み込み、
ようよう開けた両目には、ごわごわに固まった目やに。
弾力を失った頬には、シーツの跡がくっきりと刻まれ、
鼻や頬の毛穴は開ききっている。
しじみのような目をこすり、寝起き特有の口臭を放ちながら
地獄の番犬ケルベロスのような低い声で
「・・・おはよう」
そんな、もっとも汚い状態であろう私を
「あ!起きた!!やっと起きたの、お嫁ちゃん!
かわいいねえぇぇ」
と、深い慈しみの表情と心からの笑顔で迎え入れる主人。
これを愛情以外のなんと呼ぼうか。
今でこそ、無防備なまでに
ありのままの姿をさらけ出している私だけど
付き合い当初は、もちろん違った。
寝顔はおろか、すっぴんを見せたくないので
極力泊まらないようにしたり。
一緒にいるときにおならを我慢していたせいで
お腹が痛くなって、デートの途中で帰ったり。
なんともかわいらしい努力をしてきた。
主人とは、いわば他人だ。
血のつながりはない。
にも関わらず、それ以上に深い結びつきを感じ
恒久的な愛の存在を思わせてくれる。
これは、単に生活を共にしたことによる
副産物の感情というわけではない。
楽しい時間は誰とだって過ごせるが、
生活態度のみならず、
様々な感情も見せられる相手というのは限られる。
自分をさらけ出すというのは非常に勇気の必要な行動だ。
歓喜も、激昂も、慟哭も、尻穴も、
すべて見せあい、あるがまま受け入れ、
自らを、そして相手を許し、お互いに感謝する。
受諾されている絶対的な安心感は
「愛」という名の
揺るぎない自信を与えるベースを作り上げた。
聖書の言葉ではないが、
愛とは、寛容になり、受け入れることなのだろう。
日曜。うららかな午後3時のリビング。
ソファにごろりと横たわる主人。
ソファにもたれかかるようにして座っていた私は、
ちょっと身体を伸ばして
主人が履くジャージの上から、股間の匂いを嗅ぐ。
ツンとすえた感じの、予想以上の刺激臭に
思わず「くくくさい!!!!」とのけぞる。
それを見て「くさかった?くさかった?」と微笑む主人。
この何気ない、他愛もない行為や時間を共有できることに
もっこり・・・いや、ほっこりとした小さな幸せを感じる。
そして、恥ずかしい部位の恥ずかしい臭いを
生きている証として、当たり前のように受け入れる。
これが愛なのだろう。
いや、これは単なる性癖だろうか。