1泊2日のバスツアーで栃木県へ行ってきました
ほぼ 「どうでもいいエピソード」
「要らん情報」「個人の感想」が
メインのブログです
バスツアー2日目
朝食後、ホテル鬼怒川御苑を出発
最初の立ち寄り先、日光ろばたづけ本舗で
試食と買い物を楽しみました
日光ろばたづけ本舗を出て
このツアーのメインの立ち寄り先へ向かいます
バスはおさるの学校(旧 日光さる軍団)や
東武ワールドスクウェアを通り過ぎていきます
1日目に鬼怒川温泉へ向かうときは
つけもの店を多く見かけましたが
今度は羊羹のお店が何軒もありました
バス車内で行き先について
バスガイドさんがDVDで説明してくれて
皆で予習しながら進みます
話を聞きながら更に進んで行くと

バスの窓から
朱塗りの鳥居⛩️が見えました

朱塗りの橋
世界遺産『日光の社寺』
・日光東照宮
・日光 二荒山神社
・日光山 輪王寺
の近くまで来ています !!
こちらの橋は

神橋(しんきょう)
『二荒山(男体山)をご神体としてまつる二荒山神社の建造物で、日光山内の入り口にかかる木造朱塗りの美しい橋』です ※下記サイトより
あいにくの雨ですが
これはこれで、趣があって良いですね
下に流れる川は大谷川
「オオタニ川と書いてダイヤ川
と読みます」
とバスガイドさんが教えてくれました

これから二荒山神社へ
は、時間の都合で、向かいません
バスは輪王寺の駐車場に着きました
日光山 輪王寺
さあ いよいよ
今回のバスツアーのメインとなります
日光山 輪王寺
日光東照宮の拝観です
案内人によるガイド付き拝観で
日光山輪王寺→日光東照宮の順で廻ります

バスを降りて、ツアー客全員揃ったところで
イケメン案内人と合流

日光山 輪王寺 三仏堂(本堂) 重要文化財
日光山は天平神護二年(766年)に勝道上人(しょうどうしょうにん)により開山
『日光山は天平神護二年(766年)に勝道上人(しょうどうしょうにん)により開山されました。
以来、平安時代には空海、円仁ら高僧の来山伝説が伝えられ、鎌倉時代には源頼朝公の寄進して栄えました。江戸時代になると家康公の東照宮や、三代将軍家光公の大猷院廟が建立され、日光山の大本堂である三仏堂と共にその威容を今に伝えております。』
※下記オフィシャルサイトより
赤いブルゾン着用の
案内人の方についていきますが
追い付けない
バスガイドさんによると
コロナ禍を経て案内人の数も減ったそうです
ここにもコロナの影響…
三仏堂に入ってからは
輪王寺の方の案内となります
まずは
ホレてまうやろ、なイケボのお寺の方の
雨の中ようこそお越しくださいました、と
いうような、ごあいさつ
この辺りは東京スカイツリーと同じ
標高634mという土地柄、
年間の3分の2程が雨とのことで
『日光』という地名もお日様恋しさから
なんだとか
「雨も日光らしいと言えます」
…
。晴れの方がが良かったです。
三仏堂 三体の本尊
『日光山最大の規模の木造建築物』三仏堂には
日光三山(男体山・女峰山・太郎山)の
本地仏がまつられていています
三体の本尊
画像右から
千手観音(男体山)
阿弥陀如来(女峰山)
馬頭観音(太郎山)
皆で お参りします
檜作りの大仏で、京都までお磨きに行かれ
帰ってこられて間もないそうです
どうやって搬出、搬入したのか?
三仏堂の屋根を外したそうですよ
お磨きだけ、金箔の貼り直し無しで
この輝きなんだとか
圧巻です
日光に来れて、
こうして拝観出来て、良かったと思いました
この後 鬼門のお話になり
鬼門を封じ、家族全員の運を好転させるという
鬼門除けの『御札』の案内となりました
ご家族でも、離れて暮らしていれば
その場所によって鬼門は違うので
別居のご家族の分も 云々、と
テレビショッピング的セールストークが
展開されていきます

淡緑に金色の梵字と装飾が箔押しされた
美しい台紙に納められた御札は
再来年の節分(令和9年2月3日)までの御利益で
同封の切手不要はがきに
住所氏名を書いて郵送すると、護摩堂に納められ
毎日、祈願していただけるそうです
(節分が過ぎた御札は
住まいの近くでお焚き上げでも
そのまま保管しても良いとのこと)
でも、お値段、お高いんでしょう
?
「3,000円です」
3人程、お買い上げでした
ご興味のある方はこちらから
祈願料、送料、代引き手数料を含んだ価格だそうです
本尊の下へ降り行くと
「三体の本尊と目線を合わせることが出来ます」
とのことです
最初とは別の方の案内に従って移動します
途中にある『身体の悪いところを擦る』と
御利益がある『なで仏』に
人生の先輩方が集まっていましたが
私は全身なでなでしないといけないしな~と
離れたところで見ていました(笑)
初開帳 天海大僧正
『なで仏』の近くには
初開帳の天海大僧 等身大坐像が
鎮座まします
徳川三代を支えた僧侶 天海大宗正
寛永寺建立四百年記念
こちらにも手を合わせます
等身大にしては小さい…?気もしましたが
当時の成人はこれくらいだったのでしょう
とてもご長寿だったそうです
公開期間
令和7年4月16日~令和8年3月31日
次の公開は100年後だとか?
限られた貴重な期間に訪れることが出来たのは
幸運だと思いました
この後は
いよいよ三体の本尊と、目線が合う?
目線が合うと言っても
お膝元まで行き、見上げる形になります
想像した『目線が合う』とは違いましたが
合うと言えば合ったかも(笑)
もう一度手を合わせました
更に進んだ先に
十二支の守り本尊があり
自分の生まれ年の干支の守護仏に
手を合わせました
鬼門除けの他には
干支の御守りの梵字守
学業、家内安全などの天海守
の授与物がありました
拝観を終えて廊下に出ると
梵鐘があるのが見え、案内人の話では
ここで十数年前にNHK『ゆく年くる年』の
中継があったそうです
そろそろまた、来ないかな~?とのことで
今年(~来年)の放送を
ちょっと気にして観てみようかと思います
この後は、御朱印がいただけるところへの
案内となりました
私は御朱印集めをしていないので
遠目に見ていただけでしたが
何種類かの
書き置きの御朱印がいただけるようでした
これで輪王寺の参拝は終了
輪王寺には三仏堂の他
大猷院、宝物殿、逍遥園がありますが
そちらは拝観することなく
日光東照宮へと向かいます![]()
秋の栃木旅2025⑥へ続きます







