今朝の読売新聞で、神戸レインボーハウスを建てた玉井義臣さんのご逝去を知りました。
神戸レインボーハウスとは…?
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登って殴って思い放つ 神戸レインボーハウス(未来への百景) - 日本経済新聞
ずいぶん前の記事ですが、レインボーハウスの初期の部屋の様子がよく映っています
https://www.nikkei.com/article/DGXLASHC2202C_S4A720C1AA1P00/
神戸レインボーハウスは、私がインテリアや整理収納の仕事をするようになった原点の一つ。
この機会にその思いを書いておきたいと思います。
震災とボランティア活動
1995年1月、私は大学生で、阪神・淡路大震災を経験しました。
たまたま授業のない日でしたが、大きな揺れで目を覚ましたのを覚えています。
震災からしばらく経った後、私は所属していたYMCAのボランティアリーダーとして、西宮市のとある小学校を訪れ、子どもたちと遊ぶプログラムに参加しました。
子どもたちの笑顔はとても嬉しかったのですが、同時に「私たちが帰った後、この子たちはどんな夜を過ごすのだろう」と、胸を締め付けられる思いで家路についたことを覚えています。
神戸レインボーハウスとの出会い
神戸レインボーハウスの存在を知ったのは、それから数年経ってからのことでした。
震災で家族を亡くした子どもたちの心のケアを行う場所として誕生したと聞き、私は大きな感銘を受けました。
特に心に残ったのは、子どもが一人きりになれる部屋があったり、思う存分サンドバッグを殴ったり壁を叩いたりして感情を爆発させられる部屋があったりしたことです。
そこには、人を包み込むような空間の力がありました。
インテリア好きだった私は、その時、「空間や部屋というのは、そこにいる人に寄り添うためにあるのだ」と強く感じ、いつか私もそんな空間を作りたいと奮い立ったのを覚えています。
ほんのわずかかもしれませんが、私もこれからも人や子どもたちに寄り添い、その人の力や活力になるような空間作りのお手伝いができればと、改めて気持ちを新たにしました。
玉井義臣さん、安らかにお眠りください
