悟り系starseedのNagiです![]()
潜在意識を覚醒させる事をずっとやってきたので、
(なぜならそれがダイレクトに幸せに直結するから)
潜在意識覚醒セラピストやってます
ナルシシズムの教室
年内スケージュール![]()
8/23、9/27
10/25、11/22、12/27
7月ですね~!早い!!
残り半年間、しっかりやっていきましょう![]()
今の旦那さんと一緒にいると、本当に勉強になる所が多いです
その1つが、というかその1つがとても大きいのですが。。。
「好き」と「愛する」とでは次元が違う、という事です
以下で引用している加藤先生の本にも出てきます
つまり、今の旦那さんは人を愛する事が出来る人だという事です
そういう人に巡り合えた事は本当に幸運な事だと思うと同時に、
私の本性はスターシードなので、スターシードの自分がもともと持っている本物の愛の部分で波動が引き合ったのだと思うのです
夫婦(人)は同じ波動でしか引き合えない、という事はこういう事なんだなぁ・・・と実感します
スターシードは、一見、表面の部分がどんなに拗れている様に見えたとしても、
潜在意識の部分では、本物の愛を持っていたりするものなのです
ただ、スターシードと気づいていないで人間をやっている状態の人は、
この地球での「愛」とスターシードが持っている「愛」は、全く違うものなので、
自分が「本物の愛」をちゃんと持ち合わせていると分かっていないスターシードはとても多いと思います
自分のそういう側面に気づかないままで、案外、悩んでたりするのです
私の中にはまだまだこの地球の中で拗らせている人間の部分も多くあるので、その心の傷を、旦那さんの「愛」の中で人間部分を癒していこうと思っている所であります!
ここから本題に入りますが、
「好き」と「愛する」とは全く違うものだという事です
良く、恋愛と結婚は違うと言ったりもするので、
なんとなーく言いたい事が分かる人も多いと思うのですが
大前提として大事なのは、
この地球において「好き」とか「愛」だと思っているには、実は執着=依存だったりするという事なんですね
これ、私的には驚愕の事実でした![]()
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数年前の私は、
「愛は愛」だと思っていたし、「好きは好き」だと思っていたからです
まさか、
自分が愛だと思っているものが執着=依存だったり、
好きと思っているものが執着=依存だったりするだなんて、昔の私は1ミリも思いもしなかったのです![]()
加藤先生の本を読まなければ、今でも愛と執着=依存について分からないままで生きていたかと思うと・・・恐ろしいですね
この地球では、人々が求めているのは、
本物の愛=依存心が無い愛=執着が無い愛なのですが
実際には、依存心=執着を克服できている人は少ないので、
大半の人は、愛しているつもりで、
実際にやっている事は、愛してると思いながら依存しているだけだったり、好きと言いながら、依存しているだけだったりする訳なのです・・・
理想と現実との間に、実は、相当な差が生じているのです・・・
だから、「こんなに愛しているのに!!許せない」みたいな怖さが出てきてしまうのですから・・・!
「愛しているのに許せない」って、真逆な事だから、相当な差があるでしょ?
「愛しているなら、そっと離れてやれよ、許せないって何なんだよw」
って話しなのだけど・・・
これやっちゃってる・・・って思い当たる人は多いですよね(笑)
本当に相手の事を思いやれるから、離れる
こんな事がサクッと出来る人はどれくらいいるのでしょうか?
依存心が強ければ強い程、相手に執着してしまったりするものなので、分かっていても出来ない人は多いのが現実ですよね![]()
テレビドラマの中も、そんな描写が多いですから
恋愛だけではなく、
親子間の方も依存心は影響します![]()
例えば、子供の事を愛してると思いながら、常にお節介をやいてしまったり、
子供が好きと言いながら、子供(相手)の気持ちよりも自分の欲望を優先してしまっている・・・
自分がしてあげられることは相手にとって迷惑であるかもしれない。
相手はそれをしてもらうことを望んでいないかもしれない。
あるあるですよね?
私も、散々やってきた事です・・・![]()
だから、そういう事なんですね(笑)
この地球で、人間として愛を体現するのはかなり難しいという事なんです![]()
それは、依存心の克服が出来ていない人が多いからです
加藤先生が、
人間は依存性を持って生まれるのが宿命である
そして、その依存性を克服していくのが最も難しい
という内容の事を言っているのですが、
その通りだな!!と思わされます(汗)
依存心って、人生全般に悪影響をもたらすのです
依存心から他責は生まれる
依存心から被害者意識は生まれる
依存心の克服とは、
他責にしない、被害者意識を持たないという事ですから![]()
依存心とは、他人や何かに頼って生きていこうとする心の状態を指します。自分で物事を決めたり、行動したりするよりも、他人に頼ったり、依存したりすることで安心感を得ようとする傾向のことです。
依存心を持っているというのは、
精神的自立が出来ていないという事ですが
精神的自立をしているという事はどういう事かと言うと、他人に良い意味で干渉しないという意味なのです![]()
人間のなかにはお互いに幸せを祈るだけの関係しか存在し得ない場合が多いということを認めようとしない。
まだ精神的自立が出来ていなくて、
依存心や執着が多い人は、
お互いに幸せを祈るだけの関係しか存在し得ない場合が多いという意味が、どうしても依存心の方が強いから分からないのです
依存心が強い=他人が重要、だからです![]()
人を愛せるのは、
依存心がほとんど克服出来ている人
つまり、精神的に自立出来ている人だけ、という事になるのです
だから、「好き」と「愛する」は次元が違うという事を加藤先生が書いているのですね![]()
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マジでむっず!!って百万回くらい言いながら、
私も依存心の克服に日々奮闘しています![]()
でも、この地球で本当に心が満たされる様な愛を体験したいのならば、やるっきゃないのです!!
スターシード的にも、他人に依存しながらアセンションや自己覚醒なんて出来っこないので、精神的自立を目指している人も多い時代となったのです![]()
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スターシードとは、精神的自立が出来ている人でもある訳です
だから1人でも孤独とは感じないのですね![]()
「好き」と「愛する」とでは次元が異なる
自分がしてあげられることは相手にとって迷惑であるかもしれない。
相手はそれをしてもらうことを望んでいないかもしれない。
すべての人間が同じ願望を抱くなら、好きは愛するにつながっていくことがあるかもしれない。
しかし人間はお互いに異なる以上、好きと愛するとは異なるのである。
「好き」と「愛する」とが同じと錯覚するから人間関係がサラリとしないのではなかろうか。
偶然の隣人に幸せを祈ってサラリと別れるということが少ない。
必ず何かしてあげられると思っている人がいる。
お互い見知らぬ同士お互いの幸せを祈って別れる。
そこに人間の悲しい宿命があるのではなかろうか。
相手に余計なお節介を焼く。
それがときに見知らぬ者は見知らぬ者で何の関係もなく、見知っている者同士は見知っている者同士で、お互いに祈り合う以上にしてあげられることが必ずあることになっている。
人間のなかにはお互いに幸せを祈るだけの関係しか存在し得ない場合が多いということを認めようとしない。
そしてまた相手が何もしてくれないと恨むのである。
したがってどんなに厚かましくても好意は受けなければならない。
相手の好意がうるさいと思えば自分のほうが何か欠陥があるとさえ思う。
そしてまた自分の好意が受けられないと怒る。
きょうもありがとうございました![]()
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