祈ります!想定外の時にこそ余裕ある大人の行動
こんにちは。たかねです。
まずは、熊本を中心に九州全域のみなさま。お見舞い申し上げます。
けがをされている方、お住まいが倒壊してしまった方、大切な人をなくしてしまった方、どうか今は何も考えずこれ以上心が痛まないようにしてください。
東北の大地震の時、息子と映像を見ながら苦しい思いをしました。
何もできない自分に情けなさを思い、毎月一定の金額の寄付を通販会社を通して行っています。
そのころ小学校中学年だった息子は、少ないお小遣いから1000円を寄付していました。
家族がバラバラに過ごしているお昼の時間に起こった地震だったので、迎えに行ったり、逆に集合場所を指定していたがために、そこに向かう途中で波にさらわれてお亡くなりになった方もいると報道で知りました。
その時息子には
「あえて集まる場所は決めない。とにかく逃げなさい。生き延びなさい。あなたはお母さんを探さなくていい。お母さんがあなたを必ず探し出す。お母さんも必ず生き延びる。だからあなたは安心してお母さんが探しに来るのを待っていなさい」
そう伝えたことを思い出しました。
またあれ以来息子は地震が起こるたびに「ここまで波は来るのか」と聞きます。
住んでいる地域の近くに海はなく、川も近くにはありません。
たとえ川が氾濫しても、住んでいるマンションを飲み込むほどのものは日本が沈没するくらいの高さになります。
それでもあまりの映像と被害の広さに、ふとあるかもしれないと思わせる災害の怖さでした。
『想定外』 この言葉がどれほど飛び交ったでしょう。
新しい防波堤の高さをも超える想定外の津波。
それに対して市や国に備えがなっていないと責める。
いつも思うのです。誰も責められないのではないかと。
役所の人も、医療関係者も、運送の方々もみんな同じ被災者だったりする。
それでも自分の仕事の使命感と責任感で動いている。
予防できたかできないかも大切だが、想定外のことが起きた時、人は何を思いどう動くのか。
他がために動けるのか。
今回も地震直後から懸命に被災者のために働いている人が映っていて、頭が下がる思いでした。
助け合い・・・古臭い言葉のように聞こえるこの言葉こそが、実は全てを好転させていくのだと感じます。
「情けは人のためならず」
地震があるなしに関わらず、人のために動ける自分でありたいし、気持ちに余裕のある大人でありたいものです。
どうか、九州の皆様。
これ以上の被害がでませんように。
そしてできるだけ早く笑顔に戻れますように。
