アラフィフの屈辱¥1のために子どもにも頭を下げさせる?
こんにちは。たかねです。
昨日は年度末ということで、私の勤めている会社から期末賞与というものをいただきました。
昨年は売上目標には届かなかったものの、みなさんの努力にお応えしたいとか何とか。
まあ色々恩着せがましいことを言われてますが、結局のところ税金対策ですな。
それでもお金を頂けるのはありがたい。
ただ、思い出しました。
うちの社長。某大手自動車会社の天下りでいらしたのですが。
この方が専務だった頃、会社でBBQが行われました。
当時私は入社して半年くらい。
40代後半で100社以上応募してやっと正社員で雇ってもらった会社。
息子はまだ小学校4年生。
やっとお留守番ができるようになったころ。
同じ部署の方から子どもも連れておいでと言われ、息子は嬉しくてビールをみんなに運ぶお手伝いを一生懸命していました。
名誉会長は息子の姿に喜び¥1000もお小遣いをあげようとされたのですが、
当時専務の社長はそれを見て「多すぎる!」といい¥10を息子に手渡しました。
息子は笑顔でお礼を言い、私もお礼を言いました。
ここまでなら私自身も特に何も思わなかったのですが・・・。
片づけも終わり、息子とあいさつに回った時、社長が息子に
「今日はありがとう」といいながら¥1を差し出しました。
息子はちょっと戸惑っていました。
でも私は息子にお礼を促し息子も「ありがとうございます」といって受け取りました。
帰りの車の中、
「お小遣いもらえてよかったね。社長さん達、Soraが頑張ってお手伝いしてくれたことが嬉しくてお小遣いあげようって思ってくれたんだね。お金は何もしないで降って湧いては来ないんだよ。こうやって何かしら働くことでもらうことができるの。だから¥1でもお金をもらうということは大変な事なんだよ。頑張ったご褒美だね」
そう、息子に伝えました。
息子は素直に「うん」といい嬉しそうに¥11を握りしめていました。
でも・・・私はきっと自分に言い聞かせていたのでしょうね。
私としては息子はお金目的でしたわけではないので、お小遣いを頂かなくてもお礼の言葉で充分だった。
ましてや金額など問題ではなかったのですが。
¥1を息子にさしだされた時、正直な気持ち、
「馬鹿にするな」
と思ってしまった。
でも、この会社に入ったばかり。
そして間違いなくこの¥1はどこからわいて出てくるわけではない。
こうして頭を下げて働かなければ¥1たりとも手にすることはできないのだ。
国家資格を持っているわけでもない、何のとりえもないアラフィフの私が子どもと生きていこうと思ったら、こういうことにも頭を下げなければいけないんだ。
たとえ屈辱的な事があろうが、それも仕事だ。
と、言い聞かせながら。
それでも悔しい気持ちがおさまらなかったことを思い出しましたね。
そして、まだその会社にいます(苦笑)
その息子も大きくなり、もうすぐ自分で稼いでくる年齢になります。
私は、その時、いつかこんなことで頭を下げなくて済むようになりたいと漠然と思ったその道を、開いて行く準備を今しています。
出会いは不思議。そして自分の心がどこに向くかが大切。
あの頃全てを諦めていた私に、「こんなの嫌だ」という気持ちを沸かせた現社長に、ある意味感謝ですね。
世の中にはもっと屈辱的な事に耐えながら働いている人はたくさんいます。
日本人はそれを美徳としますね。
昔の私もそうでした。
でも今は違います。
自分に力があればいい。
それは権力ではなくスキルという力。
今の時代はITの時代。
アラフォーでもアラフィフでも、自分に力があれば¥1に頭を下げなくても済むのです。
¥1の重みを知っているだけに、¥1を馬鹿にしないために、自らの手でそれを手にする。
あなたはどうしますか?
いつまでも理不尽な事に頭を下げながら、これからも過ごしますか?
子どもに¥1のために頭を下げさせますか?
変わるならいま。変わるならご一緒に。
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