6月ももう終わるので何か更新しなくては……
またまたおさらい的な、いつも言っている内容を
表現を変えてしつこいぐらいに繰り返します![]()
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「何をやっても願望が叶いません」
というコメントを本当によくいただきます。
ド直球にいってしまいますが、それは
自分で現実を見て「叶っていない」と
判断しているから「叶っていない」
のです![]()
このようにいうとみなさまのエゴはこういうでしょう、
「いやいや現実をどう見ても叶ってないだろ![]()
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」と。
そもそもエゴ(目)に物理現実として見える現象・物象は、
自分の意識の中にあるもののただの「投影」です。
さらに、エゴ(目)に物理現実上で見えるものだけでなく、
エゴ(頭)上に浮かんだものも
意識の中に「ある」ものです。
逆にいえばそれが「ある」からエゴ(頭)上に浮かんできたのです。
自分の意識こそが源であり、真実であり、originなのですね。
※今回の記事内で使っている「意識」は、
当ブログでいう「大きな意識=自分の本体」です。
「じゃあなんでそれが現実に投影されていないのさ![]()
」
と、みなさまのエゴは疑問を持つでしょう。
いえいえ、実はもれなく投影されているのです。
ただ、エゴが意識の中の対象を頭で知覚してから
視覚でそれを知覚するまでにタイムラグが生じます。
なぜならこの物理現実上には時間の概念があるからです。
たとえば◯◯◯万円を思い浮かべた(知覚した)とします。
それは確かにあり、今ここに投影されてもいるのですが、
時間の概念のせいで即エゴに見えるわけではありません。
誰かからもらうとか、くじが当たるとか、投資で儲けるとか、
働いて得るとか、拾うとか(まずは警察に届けましょうw)、
何かを売ったらその値で買ってもらえたとか、
あるいはエゴの想像力を凌駕する形でだったりとか、
エゴにとって「筋の通った」「納得できる」「理解できる」
「(予想外だが)受け入れられる」範疇の過程を含みつつ
「時間がかかったように」見えてきます。
なので「ある」をエゴが視覚で知覚するためには
「ない」という判断を止めることです。
せっかく今ここにその対象が投影されているのに
「ない・叶っていない」というエゴの判断が、
エゴの視覚による知覚を無駄に遮っています。
「ある(対象)」からそっぽを向いている感じです。
このように、今ここに「すでにある」の説明をすると、
「『見えないけどある』と思っていればいいですか?」
という質問をよくいただきますが、「見えないけど」と
「ない」をわざわざことさらに強調する必要はないです。
「ある」と認めているだけでいいのです。
繰り返しますが、その対象がエゴ(頭)上に浮かんだ時点で
その存在をエゴは知覚しています。
ですので、そこに注目してください。
すでにあるんです。
すでに持っています。
そうすると「欲しい」「叶えたい」と思わなくなります。
なので「(持っている◯◯で)何しようかな〜
」
などと楽しいことを考えていればいいのです。
別に無理に考えなくてもいいですがw
エゴ(頭)上に浮上することによる「ある」の知覚より
エゴ(目)の物理現実上での「ある」の知覚が遅れるのは
時間の概念のせいでどうしても差を埋められないので
それはもう諦めてください![]()
また、視覚による「ある」の知覚はあくまでも副次的なものです。
簡単にまとめますと、
頭に思いついたものはすでに得ているので
ほうっておけばやがて目に見えるということです。
コメント欄に関するお願い![]()
いつもコメントをくださりありがとうございます![]()
いただいたご質問には必ず、真剣に回答しております。
時間をおいてでもいいので、わかった・わからない等、
何らかの反応をいただけますと嬉しいです。
誠に勝手ではございますが、そのご意志がない場合は
ご質問をお控えくださいますと幸いです。
お願いの効果があってか、最近は大変ありがたいことに
回答への反応をいただけることが多くなりました。
それでもまだ反応をいただけない場合もありますので
コメント欄の閉鎖はいまだに検討中ではあります。
代替案は考えていますのでその際は事前にお知らせいたします。
いつもコメント、リブログありがとうございます![]()
この場でいうのもなんですが、心の底から感謝申し上げます![]()
記事を気に入ってくださいましたら応援してくださると舞い上がります![]()
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