まず、いつも書いているおさらい的なことから:
自分(の本体)である「大きな意識」は
すべてをすでに所有し、叶えています。
それを現実世界で経験するのはエゴ(自分の一部)で、
何を経験するかを想定・選択・意図するのもエゴです。
(ここでいう想定・選択・意図はどれも同じ意味です)
また、エゴが「大きな意識の視点」に立てば、
エゴで想定・選択・意図する必要すらもなくなります。
なぜなら、願望のすべてがすでに叶っているからです。
「大きな意識の視点に立つ」とはどういうことかというと、
「自分(の本体)は願望のすべてを叶えている」と認めること、
そして、大きな意識に全幅の信頼を寄せ、委ねることです。
以上のことから、
願望実現をピンポイントで経験したいなら
エゴで具体的 or 抽象的に想定・選択・意図する、
エゴの想像を超える最上の経験をしたいなら
あえて想定・選択・意図はしない
のがいいといえます。つまり、
大きな意識に完全に委ねるということです。
自分が何を望んでいるのかはっきりわからない場合も
思い切って大きな意識にお任せするといいですね。
この「大きな意識に委ねる・任せる」こと自体が
ある意味、「エゴによる選択・意図」になります。
いずれにしても、
大きな意識は自分の一部である「大事な」エゴにとって
何が最上・最善・最良・最高かよくわかっているので、
これから「すでにある・叶っている」ものの中から
エゴが何を経験するかはお楽しみに、ですね![]()
ところで、前回の記事
に、以下のように書きました。
エゴが自身の選択・意図を覆さずに
自然の流れに任せられる程度の、
エゴがしっくりくる選択・意図をすればいい
「◯◯な私」と選択・意図したときにしっくりこず、
違和感・反発感・抵抗感、困難さなどが生まれたら、それは
エゴが経験したいと思っていないからです。
つまり「叶えたくない」ということです![]()
(実際には叶っているのであくまでもエゴ視点での表現です)
エゴは「いやいや、経験したいよ、叶えたいよ
」と
いうかもしれませんが、本当に経験したい・叶えたいなら
違和感・反発感・抵抗感・困難さなどは生まれないはずです。
なので、そういった感覚が少しでもあるのであれば、
エゴは「これを叶えたくないのだ」とさっさと認めて、
しっくりくる「◯◯な私」に調整するといいでしょう。
上記の前回の記事から例を引用すると、
「お金持ちではない私」から「お金持ちの私」が
飛躍しすぎて選択・意図をするのが難しいと感じるなら、
たとえば「収入が増えた私」といったように、
エゴの抵抗感が少ないところから始めるのもいいでしょう。
といった感じです。
願望は、エゴ上に浮かんできたものはもちろんのこと、
これから思いつくものも含め、すでに叶っています。
その中からエゴが現実世界上で
何を経験するかは、エゴ自身の
想定・選択・意図次第です![]()
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おまけ:スージーのこまごま願望実現日記
まだ続く音楽ネタww![]()
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先日、私がウン十年間、地道にファンをやっている
アーティストのライブにご縁があってご招待いただき、
意気揚々と観に行って参りました![]()
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経緯はものすごく長くなるので書きませんが、
そこそこ長く生きていればいいことだらけですね![]()
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