何度も繰り返しますが

 

「○○な私」「○○を持っている私」などと

 

現実に関係なく

 

望ましい自分を固定してしまえば

 

それが紛れもない真実になるので

 

それを自分自身で否定さえしなければ

 

何をしても何を考えても何を感じてもいいわけです。

 

現実に関係なく実現していますから

 

現象化がどうでもよくなったり

 

「ま、そのうち現実が変わるんだな」と安心できるようになったりします。

 

そうしているうちに現実が変わっていることに気づきます。

 

 

願望を特定するのはあまりよくない

 

といった否定的な意見を耳にしたことがあります。

 

なぜなら、幸福や喜びを限定してしまうことになるから。

 

他の幸福や喜びを見落としてまうからです。

 

私はこの意見に賛成していませんが反対もしません。

 

願望をどう持とうが(how)どんな願望を持とうが(what)人それぞれですし

 

実体験に書いたように、私は特定の願望を実現させることができて幸せです。

 

 

もちろん、細かく特定しないでざっくりと「幸せな私」としてもいいでしょう。

 

ドラマチックな展開で思いも寄らない幸せを感じられる人生になるかもしれないし

 

日々、小さな幸せを淡々と感じる人生になるかもしれません。

 

いずれにしても、その人が「これが私にとっての幸福なんだ」と

 

心の奥底で定義している通りになります。

 

 

だから、願望を設定するのにNG事項はないと思います。

 

何でもアリだといえますねウインク