自分の本質に触れると涙腺が崩壊するらしい | 自分の「ど真ん中」に つながろう

自分の「ど真ん中」に つながろう

何かを選ぶ時に迷うのは、情報が多すぎる現代だから。
そのためには、自分にとって何が大切か?価値観を知っておくのが一番です。
本当の自分を知ることで、何がやりたいのか?も明確になりますし、ひとりでお仕事をしている方は、ブランディングもできるようになります。

高2の娘が吹奏楽部なので、コンクールの応援に行ってきました。

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私ね、こういうの行くと
しょっちゅう泣くんです。

それは、昔を思い出すからかな…っていつも思ってたの。

昔っていうのは
私は小学生の時吹奏楽団に入り、6年生の時には
コンクールで日本一になったことがあるんだけど、

大事なのは日本一っていうことじゃなくて
その時の充実感というかなんというか。


指導者である先生の指揮に
楽団員全員が意識を集中して
ほんとにひとつになる感覚。

チューニングするのも、いまの時代みたいに
チューナーとか使うんじゃなくて
音叉を使って、自分の耳で。

音叉


ぴったりとチューニング出来た時の心地よさみたいなものは
何ものにも代えがたいほどゾクゾクするというか。

チューニングが合うということは
複数の音が一つになる、ということ。

それがすごく大事なのよね、私としては。


だから、ある一つの曲を
全員で合奏していて、
そこに一体感みたいなものが感じられると
自分は演奏に参加していなくても
なんか自然に涙がでてくるのです、いつも。


これは、息子が吹奏楽をやっていた時もそうだし
現在進行形の娘の演奏を聴きに行っても思うし
我が子だけじゃなく、ぜんぜん知らない人たちの演奏でも
そう感じることがある。


スキル的に上手な演奏の楽団もあるけど
そういうのはね、涙は出ない。


っていうか、むずかしい曲にチャレンジしているわりに
チューニングが合っていない演奏に出会うと
なんか残念に思っちゃうの。


で、そのたびに
「私は自分が耳がいいからって上から目線になってるみたいでなんかイヤだなぁ」
って思ってきたの。


でもそれは、上から目線、というわけではなく
私がすごく大事にしている「共鳴」がそこに見えないから
残念に思う、ってことなんだな、きっと。
が、今日わかった。


ひとつになってる
っていうのがわかると、なんだか自然になみだが出ちゃうのね。


これは、前にナッチン。に教えてもらって聞きに行った
高田先生のお話を聞いたときに判明した事実で
(音叉が共鳴するという話)


私の本質って「共鳴」なんだ!って思った。
んです、この日。


私のコミュニケーションスタイルの根っこにあるものって
「共感」がすごく大きいのだけれど

そのせいか、初対面の人からも
「なぜかリンダさんとは緊張せずに安心して普通にしゃべれる」
と言っていただけるし

私自身も、一人ぽっちでする仕事より
人と関わっている仕事の方がだんぜん好き。



それってぜんぶ、「共鳴」「共感」なんだよね
キーワードが。

高田先生の講義で
音叉の共鳴を目の前で見て
耳で感じた時のあの感動といったら
ハンパないのだけれど

んなもんで号泣してる自分を
その時はうまく説明できなかったのです。


これ読んでる方には意味わからんないと思うけど
忘れないうちに書いておこうと思って。


一体化することで共鳴して共感して
私の魂が喜んで
それがきっと涙になるんだ。


演奏を聴きに行って涙が出るのは
自分の子どもの頃の楽しかった思い出をただ思い出しているわけじゃなく
共鳴がそこに起こっていることを感じるからなんだ。

すごく腑に落ちた。

娘のコンクールの結果?
それはどうでもいいです(笑)


これを読んで意味わかんない人が大勢でしょうけど
ごめんなさい、それも今回は無視で。

ひとりよがりの記事でした!