こんばんは。


しばらく調子が良くなかったので今日は予約を取って病院に行ってきました。




診察と検査が終わって、その後、病院の向かい側にある、母と思い出のある喫茶店へお昼を食べに向かいました。


「カフェ」というより「昔ながらの喫茶店」という感じです。

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(今日は初めてここでカレーライスを食べました。サラダが付いて550円でした。カレーの中に、白いお茶出し用の袋に入ったローリエの葉が入っていてびっくりしましたが、口にする前に気づいて良かったですあせる

この喫茶店を最初に見つけたのは母でした。



以前、父がこの病院で診察のあった時に、たまたま診察前にここに2人でモーニングに入ったのが始まりらしい。



それから「安いのに豪華で美味しいモーニングの喫茶店を見つけたよドキドキと母が私を連れて行ってくれて、


その後は、私がそこの病院で診察がある時、早めに一緒に行ってそこで2人でモーニングを食べたりしていました。



それから時が経ち、まさか母がその喫茶店の向かいにある、私が今日行った病院に入院し、最期を迎えることになるとは、その時は思いもしませんでした。



ここの喫茶店は、母が入院していた時も、ちょこちょこお昼を食べに来たりしていました。



そんな思い出のある喫茶店であり、病院です。



診察と検査が終わって、向かいの喫茶店に向かう間、、



それは知って見慣れた場所、景色でした。



母が亡くなる前の3ヶ月間、ほぼ毎日通い続けた病院だから。



駐車場に車を停め、いつものように母のいる病棟、病室へ。



「緩和ケア」そこはとても暖かい空間でした。



毎日母の顔を見に通いました。



日課でした。



知って見慣れた病院、景色、、



今日、ここの病院を訪れたのは何ヶ月ぶりかな、、
少し前に、メニエールで倒れた時にも来たので2ヶ月ぶり位でしょうか、
でもその時は車の中で横になっていたし、帰りはタクシーだったし、
具合が悪く余裕がなく、周りの景色などほとんど見ていなかったので
そんなにさみしさは感じなかったけど



今日は全ての景色が寂しかったな。



母が入院していた頃のことがたくさん思い出されて、



泣きべそをかきながら喫茶店に向かった。



「あの時、母は居た。でも、もう母は居なくて今私1人でここにいる。」



「どうして私、1人でここを歩いているんだろう?」



どうして母は居ないのだろう?



「死ぬ」って一体なんなんだろう?



私にはまだまだわかりません。



わかりたくもありません。