10年目。
あっという間の10年。
2011年3月11日
この日を忘れる日本人はいないでしょう。
2年前に書いてた記事
この記事にも書いてるように、当時はまだ日本で働いていた私。
渡英のために仕事を辞める時期も決めていて、ビザの準備も進めていた時期です。
小学生だった子供たちは高校生、大学生、成人、そして社会に出てる人もいるのかな。
10年という月日は、子供の成長で考えると生活スタイルががらりと変わる長さですよね。
10年目ということで、ニュースで色々と記事が出ていますが、どれも読んでいて涙が出ます。。
2年前の記事にも書いていますが震災後、フリージャーナリストの友人の仕事の手伝いで、彼が被災地で録音したインタビューの書き起こし&翻訳をさせて頂きました。
翻訳なんてしたことがなかったので正直、かなり下手くそな文章だったと思います。多分私が英語にしたのを直してると思う。難しかった。。
インタビューに応えてくれた人達の中には、少し前に亡くなった方もいます。
その位、10年という年月は色んな意味で変わってしまう期間なんだな、と改めて思いました。
私自身、この友人からの依頼がなかったら被災地で実際に起こった事を直接聴く機会はなかったと思います。
人生の中で、実際に津波を見たことは無いですがインタビュー内で、
海の表面に大きな黒い渦が見えたと思ったら、一気に海面全体が上昇してあっという間に街が消えてしまった。
と、
応えている方がいて、それを聞いて、
津波って、海が黒くなるんだ。。
想像してた(絵画で見るような高い波の壁が押し寄せてくる感じ)のと全然違う。。
と思ったのを覚えています。
しばらくは、東北弁がぐるぐる頭を回ってて夢で地震や津波をみたりもしました
ニュージーランドでも10年前に大きな地震がありましたよね。そこでもたくさんの方が犠牲になったし、日本人の語学学生の方も犠牲になっていました。
その後2週間ほどしてからの日本での地震と津波でした。
この10年。
自分は何をしていたのか、というと渡英して結婚して家庭を持ちました。何にも特別な事はできていない気がする。。。
出産と子育て以外は
実はあの日、社員の食事会がありました。
みんな仕事中にニュースを観て呆然としてたけど、どこかで、離れた場所で起こったこと、とその時はそう勝手に解釈していのたと思います。食事会は続行され、参加した私。
そして翌朝、
自宅でニュースをしっかり観て、現実に今起こっている事が何なのかと改めて理解した私は、状況のあまりの酷さへのショックと、よくも呑気に食事会に行けたよな、という後悔の気持ちが溢れてきました。
行ってなかったからといって、誰かがひとりでも多く助かってたのか、というわけでもないのですが、あの状況で呑気に出かけてたなんて、、と腹が立ちました。
多分これからもずっと後悔すると思う。
イギリスは地震がほとんどない国だけどもし、
震災やテロなど予想外の何かがおこった場合、子供達と猫を連れて安全な場所を確保できるのか、食料は大丈夫なのか。
などたまに考えます。
防災グッズの用意は。。。
できてない。。
普段使っていないリュックに、懐中電灯や予備の充電器、手袋など気づいた時に少しまとめておくのもいいかもしれない。
残ってるオムツも数枚いれとくといいかも。
自転車のヘルメットは常時まとめておこう。
と、思い返しました。
気づいた時にちょっとやっておこう
10年経ったけど、
まだ行方不明の方もたくさんいるし、精神的、身体的なダメージが残っている方もたくさんいると思います。
心よりお見舞い申し上げます。
オリンピックのことや、コロナ禍でバタバタしてる状況だけど、忘れてはいけない事ですね。
最後まで読んで頂き
ありがとうございます。