最高裁に於いて死刑が確定したそうだ。
母親を殺害し乳児の目前で殺害し、母親を死後強姦し、そして、乳児も殺害した、だが、犯行当時18歳の犯人に死刑が。
この被害者のご主人、被害感情は峻烈を極めると。
被害者のご主人の十数年間の闘いを、自分になぞらえると、目頭が熱くなるな。
僕は、事件直後より、とってもやりきれない事件やと、頭の片隅にこの事件を棲まわせ続けながら、過ごしてきた気がする。
僕の友達で克つ人権援護派のEさん、やはり、人間が人間を裁くから、もしかしたら間違いもあるから、犯人にも人格があるから、死刑反対かい?
犯人の人権だけを叫ぶ人がいる。
まして、犯行当時少年という免罪符・・
この人達の、人権(バランス)感覚は、何処から生じるんかと思ったりもする。
この人達の、人権は絶対という思考は、何故、犯人の人権だけに向かうのかなぁ?
観念的な頭を持ち、共に痛みを感じる情緒や想像力が欠如してるとしか、僕には思えない。
僕は、傍観者的立場ながら、今回の死刑判決は、正義が達成されたとしか思えない。
この国の裁判官が、この世の正義英知を代表する高潔無比盤石万全な超人格的存在とは思わないけど、総体としての司法は機能してる思いたいし、国家の根幹たる司法が、不法に対して毅然たる態度を出さんでどうするのん?
少年だからって免罪符を最高裁が認めなかった効果は大きいぞ。
犯人は、罪を償い成仏して下さい。
今日から、命を失う日を恐れながら、おどおどと生きて下さい。
貴方の犯した罪は、余りに大きい。大きすぎるんよ。
もう、人の命を奪ったという厳然たる事実を、被害者が生きて将来を紡ぐ事が事実を出来くなった無念を、ごめんなさいで終わらせる事など出来ないだ。
貴方の愚かさから生じた悲惨な結果。
貴方の愚かさから生じた、取り返しのつかない、悲惨な結果を考えれば、貴方の人権が、被害者の人権と対等に存在するとは僕には到底思えまえません。
貴方の一番大事な自分の命、最高裁に上告してまで執着する自分の命をもって、被害者に償って下さい。
だけど、法により執行されるだけで、つまり貴方の意思でも何でも無い償い。
貴方の命程度の代償では、全く不充分だと被害者と被害者のご家族は思うと思いますが・・
やりきれない苦い思いだけが残る事件だ・・
でも、なかなか執行されへんのやろうなぁ。
死刑にサインはしないって明言してた人も、法務大臣なれる訳やし。
そして、彼を弁護する人権派弁護士先生や、何が何でも死刑廃止を唱える方々や、彼の支援者とか、人権を声高に叫ぶ人達は、犯罪人には感情移入出来ても、被害者の痛みが全く感じられない様に見えるのだが、そうとちゃうんやろか?
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