城跡に興味無い方はスルーして貰えばと思いますf(^ー^;
そして今回は城跡記事を一区切りにしたので、久しぶりに長くなります(..)
僕は登り口を探すのにウロウロしてしまいましたが、大石りくの石碑がある通りを西へ向かうと豊岡市立図書館本館があります
そこの門は旧豊岡県庁正門


その辺りは工事されてました
その門に延びてる道は図書館沿いに走ってます
その図書館の駐車場(この時は図書館が休みなんで閉まってましたが)近くに神武山公園・豊岡城跡への登り口があります

この日の登り口は雪が降ったあとだからこんな状態( ̄▽ ̄;)

神武山公園案内板

こちらは当初、山名氏が木崎城(亀城)をおく
天正8(1580)年、宮部継潤が豊岡と改称
元和元(1615)年、一国一城令で廃城、麓に陣屋がおかれる
寛文8(1668)年、京極高盛が3万石で入封
以後、明治まで京極氏が治める
(兵庫県の歴史散歩参照)
もちろん階段とか整備されていますΣd(・∀・´)

階段をある程度登ったとこに、何か施設跡?が
これは神武山排水池というものだったそうです

解説板


大正10(1921)年築造
平成18(2006)年まで使用される
旧豊岡市で最も古い排水池
水道工事に多額の費用が必要だったため、豊岡町出身の鉱山王・中江種造に協力を以来すると全額を寄付されたんだそうです!
兵庫県では4番目に水道が敷設出来たそうです

山を登っていくと、豊岡市の街並みが見渡せます♪

これは北側
由利由人の碑

京極高住の碑

山頂に着きました!

そこから見える景色

これはおおよそ東側
円山川がある方です
?の石碑

同じく山頂からの眺め

だいたい南側
この山頂は本丸

本丸全景

奥が?の石碑で、円山川方向になります
これは山頂から見た西側

天守台跡の標識と解説板

解説板には元禄15(1702)年の豊岡城下絵図と

解説

ちなみに元禄15年は赤穂浪士の討ち入りがあった年でした
本丸から西側を見ると、公園がありますが、それはもちろん曲輪跡って感じです
( *´艸`)

石碑

上から見えてた広場は

笠の丸跡

その下にもちょっと段になっていて曲輪みたいになってました

さらにその下にも曲輪跡のようで、公園になってました

歌碑?

ここからちょこっとブロ友のクレヨンマキさんに送ります!?

石碑

上から見えてた広場は

笠の丸跡

その下にもちょっと段になっていて曲輪みたいになってました

さらにその下にも曲輪跡のようで、公園になってました

歌碑?

ここからちょこっとブロ友のクレヨンマキさんに送ります!?
街の中の小高い岡にあるって感じだったので、見晴らしは良かったです
登りがけに見た多くの足跡は、初日の出を見に上がられた方のものだったかもしれないですね
(^^)
次回で豊岡散策は終わります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ








