自分がヒールになることで
悪役のポジションをとることで
誰かの"才能"
を爆発的に覚醒させる、
(...こともあるのだ)
ということに気づくことが
多い最近です。
強い意見はさ、
「よくぞ、言ってくれた!!!」と
強い賛同を得ることもあれば
私の意見によって
傷つく人
悲しむ人
怒る人
反発する人
も、それは、出てくる。
昔の私は
後者の人たちを、批判を、
産むのが怖くて
オブラートにオブラートにオブラートに
包んで、
オブラート100枚越しの私の世界![]()
を綴っていたんですけどw
誰かの世界の
ヒール役になることによって
その人の世界が、
意見が、
「でも私は、こうしたいんだ」が、
色濃くなることを
最近よく体感するようになりました。
それと同時に
私も私で
今の私の価値観があるのは
ヒールになってくれた人達が
いたからだと、気づく。
たとえば、
今お願いしてるコンサルに対して
出会った当時
実は、よくないふうに
思っていたのです。
なんなら最初
悪評から彼女を知ったほどでした。
(信じられないよね?)
そう思うと
最初から、彼女はヒール役で
私の人生に
登場してくださっていたわけです。
・なんか嫌だ
・これは、あってはならない
・この人の言っていることは、
おかしい
・私が、否定されている
その全てのネガティブ感情が
いずれ
「私は、こうありたい」に繋がって
私が見たい世界の色と、
価値観を、濃くしてくれた。
多くの人は
・人を不快にしてはならない
とか
・傷つけてはならない
とか
思っているけれど
全ての事象に
長所と短所が存在していて、
意図せず
人を不快にさせることにも
傷つけることにも
意味があるのだと。
この体感があるかないかで
だいぶ自己表現の閾値が変わるし
閾値が、常人を逸していればいるほど
強さが出る、
そしてそれは、引力になる、
と思っています。
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