30年前の今日、私はクルーと共に、午前10時50分には被災地
神戸に立っていました



(映像は全て私たちのクルーが撮影したもの)


初動が早かったため、伊丹空港に飛ぶ1番機に乗り込むことができた東京のクルーは私たちだけでした

関東大震災以来の巨大地震



相当な取材拒否を覚悟して現地入りしました

しかし

現地に着くのが早すぎた

最初に現場に到着した
私たちクルーを見た神戸の被災者の皆さんは

「助けてください」
「救急車を呼んでください」
「ガスを止めてください」

そして

「この瓦礫の下に埋まっているおばあちゃんを一緒に引っ張り出してください」



取材拒否どころか、皆さん助けを求めてすがって来ました

しかし、スコップ1つ手にしていない私たちは、何の力にもなってあげられませんでした
無力感…

できる事は、ただ1つ



この未曾有の惨状をいち早く、全国に、全世界の皆さんに映像として伝えて、より多くの方の支援をいただくことだと

そこから三日三晩、不眠不休での取材活動を行いました

長田の大火災の現場では、思わずバケツリレーを手伝いました



発災直後から、現地の皆さんと共に生きて、どれだけの力になれたのか?

6434人の命が奪われました

しかし、生まれた命もあったのです

ある病院を尋ねると
1月17日当日に生まれた赤ちゃんがいると言うことで取材をさせていただきました

5年前の1月17日、私のブログにその時、私の取材を受けてくださった先生からコメントをいただきました

とても感激しました

先日、阪神淡路大震災当日に生まれたお子さんのこれまでを描いた絵本が発売されました

「ぼくのたんじょうび」



震災を風化させないための1つの方法としてとても貴重な活動だと思います

その
そ一方で、5年前の1月17日
私のブログに

「1月17日が嫌いです」

と言うコメントが寄せられました

1月17日にたまたま神戸で生まれたその男性は、物心ついた時から

「人がたくさん死んだ日に生まれたんだから、誕生日をお祝いしてもらおうなんて考えちゃいけない」

親御さんからそう言われ続けて 

「自分は明るい人生を送ってはいけないんだ」

と25歳になった今でも考えていると言うあまりにもかわいそうなお便りでした

すると、それを読んだフォロワーの皆さんから

その方に、

「絶対にそんなことありません」
「私がお祝いしてあげます」
「子供が生まれるって素晴らしいことなんです」

励ましのコメントが次々寄せられました

そして、それを読んだ男性から
自分のことをこんなにも思ってくれてる人がいると言うことに、感激のコメントが返されてきました

胸が熱くなりました

寄り添うと言う事はどういうことなのか?

「引き算の縁と足し算の縁」

そのマイナスの体験をしたからこそ、得られた絆が必ずあります

最悪の時に、嘆き続けるのではなく
最悪の時に、出会った人、こと、ものを、新たな縁として自分に取り込んでいくことによって、人は前に進むことができると言う事を私は震災の取材で、被災地の皆さんに教わりました

そして、30年前、阪神淡路大震災の時にテレビでたくさん流れたあのAC(公共広告機構)のCMを私は思い出すのです



「水を持っていってねー」と叫び続ける男性の声だけで作られたこのCM


そして、最後に出てくるテロップは




「人を救うのは人しかいない」

30年たってもその思いは続いています

今朝5時46分に、私も黙祷し
犠牲になった方々のことを思いました

そして、あの困難から、生き抜いた皆さんの努力と生きる力に今でも感銘を受けています