新幹線に乗っている最中、電話が鳴りました
「ピーコさんがお亡くなりになったようです」
言葉を失いました
認知症で施設に入っていると言う
記事などを読んで、私のスマートフォンに入っているピーコさんの携帯電話の番号に連絡しても
「現在使われておりません」
心配しておりました
ピーコさんに出会ったのは入社2年目の駆け出しの頃
今から36年前になります
「タイム3」と言う昼のワイドショーの司会をしているとき
それから
「タイムアングル」
「ナイスデイ」
そして、「とくダネ!」と、新しい情報番組を担当するたびに、そちらの番組のレギュラーになって支えてくださいました
おすぎさんとともにゲイを公表して、一般の日本人男性とは違う立場と視点から、ユニークな意見を時に厳しく、でも嫌味にならないように暖かくコメントしてくださる方でした
「笠井はなんでいつもそんな変な格好してるの?」
なんてよく突っ込まれてました
(笑)
私のことを呼び捨てで呼ぶタレントさんや芸能人の方は、ピーコさんだけ
でも、それがとても心地よく嬉しかったです
30年以上前、LG BTQなんて言葉がまだない時代
相当、差別的な対応や発言も受けたはずなんです
でも、そういう事に関する愚痴や不満を口にする事はまずありませんでした
何より、情報番組においてあれだけ発信力と発言力のある人でしたが、ゲイや自分の立場に対する人権や差別に関する政治的、社会的発言をほとんどしない方でした
おそらくそれはまだ差別が厳しい時代に、自分が芸能活動をする上で身を守る術だったのかもしれません
しかし、そうした人権的発言をテレビでしない、むしろ自虐的に笑いのネタにすることで、ピーコさんは市民権を得たホントに最初の芸能人でした
「2時のホント」と言う番組で一緒に司会をしていた境鶴丸くんも話していましたが
「ピーコの辛口ファッションチェック」
ほんとにズケズケと楽しく人のファッションに突っ込んでいました
ところが、コマーシャルの時間になると
「今の大丈夫だったかしら?」
「今のコメント平気だったかしら」
と厳しく言い過ぎたかことを気にしていたそうです
後輩アナの梅津弥英子さんも
「アナウンス室の母のような人でした」と
ほんとにいろんなアナウンサーをお食事に誘ってくださったり、面倒を見てくださったなぁと
ピーコさんには感謝しかありません
どんな風にコメントしたら
そんなふうに本質的なことを鋭く暖かく言えるのか?
それを毎週のように背中で見せていただいて30年以上が経ちました
そして、今回気づいたのです
ピーコさんと2人で撮った写真がない
撮影した記憶もない
36年のお付き合いで、毎週のよう会っていて、私にとって、ピーコさんはあまりに当たり前の存在だったのだなと、改めて感じました
なぜ、撮影しておかなかったのかなピーコさん
寂しいですピーコさん
安らかに…
「あんまりしめっぼいこと、言わないでよ」
なんて言われそうですね
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【追伸】
本日、「めざまし8」にお答えした私のインタビューが放送されましたが、見ていたら
「とくダネ!」当時の映像が、放送されました
わたしにとっては貴重な2ショットです
スタッフのみなさん
ありがとうございます


