きのうは東北旅行2日目朝


宿泊先のホテル観洋の露天風呂からの朝日です


残念ながら昨日は曇り気味

でも、美しいですよね


なんといっても気持ちが良い



このホテルは、被災当初から長期にわたって、地元の皆さんに部屋を開放して、避難所として被災者の暮らしを支えていたホテルなんです



私は晴れ男なので、8割の確率で、露天風呂からの朝日を望むことができてるんですよ



私の知る中では、日本中で、ここの朝日が1番美しいと思います


この13年間、最も長く深く取材をし、交流を続けてきたのが南三陸のみなさんです




さんさん商店街のみなさんを中心に食事会は大変盛り上がりました





ほんとにいい人ばかりなんです


当時の話をしていて、今回初めて気づいたことがありました


南三陸と言う町名についてです



市町村合併で、志津川町と歌津町が一緒になって、南三陸町ができたのですが、街の人たちは、

東日本大震災の報道を見て

どのテレビも南三陸、南三陸いうので

「自分たちは、南三陸町人なんだ」と思いをあらたにしたと言うのです


確かにそうでした

取材をすると、当時地元の人たちから出てくる言葉は

志津川、歌津、と言うキーワードばかり

一体それはどこにあるんだろうと迷ったことを思い出しました


長い歴史の中で、この地区の名前が地元の皆さんには染み付いていて、南三陸という名前にアイデンティティーを持つようになったのは、東日本大震災が大きなきっかけだったと言うのです


13年経って聞けたお話でした



話は、自然と能登地震や台湾地震の話になりました


南三陸では、『復興市』を震災直後から毎月1回始めていて

それが街が再び立ち上がる大きな原動力になっていました


最初の復興市は、すべての商店の人が避難所から集まって臨時のお店を開いて、また避難所に帰っていくと言う大変な状態の中、第一歩踏み出したそうです


それも全国の商店街の皆さんの協力があってこそと言う


ですから、今回も南三陸の皆さんはいち早く、能登に出向いて被災地の商店街の皆さんの支援を始めていました


6月には、「能登復興市」を開催する予定だそうです


今こそ、支える側に回らなければ、と言う皆さんの温かい気持ちが伝わりました



お開きになって、三本締めをしても、皆さん1時間以上帰らないんですよ(笑)



本当に様々な話で盛り上がりました


翌日、一緒に旅をしていた柳沢くんと、震災以降の防災対策、庁舎を訪ねて



昨日、食事会を共にした商店の皆さんのお店でお土産を買いました


山内商店の山内さんは南三陸山商店街のドンとも言える方



大変な実行力を持っている人です


向かいには雄新堂

お店に入ると、なんとショーウインドー1番目したところに、私の本を売ってくださっているではありませんか?



しかも、本屋さんじゃないですよ

ここ、とってもおいしいケーキ屋さん



店主の阿部さんがポケットもないで、私の本をたくさん買ってくださってで、ケーキのショーウィンドーの上で売ってくださってるんです



ほんとに皆さんお優しい


とても充実した、東北での再会の旅でした



南三陸ホテル観洋を後にして

今日は月曜日なので、「ただいま、テレビ」出演日


東北新幹線を東京駅で乗り換えてテレビ静岡に向かいました


そしたら静岡も桜が満開🌸🌸🌸


キャスターの室伏さんと

お天気担当の小塚さんが

2人で満開の桜の写真を撮っていたので混ぜてもらっちゃいました



なんと偶然信号機だ!🚥