神様とあなたを繋ぐ。
神様コンシェルジュ新地亜紀の同居人
みっちゃんです。
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2006年の過去ログ再録です。
松尾大社を訪れた後に向ったのは、
松尾大社の摂社、月読神社でした。
松尾大社の境内から出てすぐの道を南へと下って
しばらく行くと、右手にひっそりと佇む月読神社がある。
御祭神は月読尊 (つくよみのみこと)。

壱岐氏によって、
壱岐島において海上の神として奉斎されていたのだが、
顕宗天皇の三年(437年)、
阿閉臣事代という者が朝鮮半島に使した際、
壱岐において神のお告げを受け、
天皇に奏上して、桂川沿い、現在の上野辺付近を神領として賜り、
神社を創建したのが始まりとされる。
松尾山南麓の現在地に移ったのは、
文徳天皇の斉衡三年(856年)に、水害の危険を避けてのことなのだそうだ。

境内には聖徳太子社・御船社・月延石があったようなのだが、
平日の為かあまりに閑散としており、人の気配もなく、
じっくり拝見もしないで後にしてしまった。

聖徳太子社学問の神。
御船社は航海安全、交通安全の神。
月延石は安産石として妊婦の守り神とされる。
解穢の水(かいわいのみず)は四時絶えることない
やってきた親子連れと入れ替わるように、
我々は急遽決めた次の目的地、
「鈴虫寺」へと向かったのだった。
三貴神の一柱に数えられているのに、
古事記でも、日本書紀でも、記載の少ない月読尊。
御祭神として奉られているのも、珍しいくらいです。
あまり馴染みがないせいか、ロクに散策もしないまま
神社を離れてしまったので、あまり写真も残っていませんでした。
松尾大社の造営に携わった秦氏は、聖徳太子とも
関わりの深い氏族です。
仏教を保護したイメージの強い聖徳太子ですが、
実は、月読尊を信仰していたと伝えられているそうです。
月は、太陽と共に、種まきや、刈入れ、魚の産卵などを
教えてくれる天体です。
神功皇后ゆかりの月延石の人気に押されて、
すっかり安産の神様的になっている月読神社ですが、
元々は、五穀豊穣や、豊漁の御神徳が主だったとか。
天鳥船 (あめのとりふね)を奉った社もあったみたいですし、
もう少し、ゆっくり散策してみると、
もっと面白い発見があったかもしれませんね。
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