籠神社奥宮 真名井神社 | あき&みっちゃんの好きなことを好きなように好きなだけ

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今回は、京都・滋賀の一之宮巡りの続きです。

籠神社(このじんじゃ)で御朱印を書いて頂いている間に、

籠神社の奥宮真名井神社(まないじんじゃ)に参拝させて頂きました。

 

 

籠神社の裏参道を通り、山の方へと足を進めると、坂の上に

真名井神社が見えてきます。

 

御祭神は、豊受大神(とようけのおおかみ)を主祭神として、

       天照大神(あまてらすおおかみ)

       伊射奈岐大神(いざなぎのおおかみ)

       伊射奈美大神(いざなみのおおかみ)

       罔象女命(みづはのめのみこと)

       彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)

       神代五代神(かみよいつつよのかみ)

  ※神様の名前に使われている漢字には、様々なものがありますが、

  ここでは、籠神社のホームページで使われている漢字を使っています。

 

真名井神社の地における祭祀は、弥生時代まで遡れると

伝えられているそうです。

社殿が常設されるのは、仏教伝来以降だとされていますが、

神が宿るとされる磐座では、古代より神祀りが行われていた証として、

弥生時代の、祭祀土器破片や、勾玉が出土されているのだそうです。

 

 

この地に、高天原より彦火明命(ひこほあかりのみこと)が降り立ち、

豊受大神を祀っていたのですが、

豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)が、笠縫村より天照大神を遷され、

天照大神と、豊受大神が合祀されることとなりました。

 

その時、名前が付いていなかった宮を、「吉佐宮(よさのみや)」と称しました。

四年間合祀は続きましたが、天照大神は、更に御身にふさわしい地を求めて

旅立ちます。

 

その後、約480年経った雄略天皇の御世に、伊勢の地へと鎮座されていた

天照大神が、天皇の夢に現れ、ご神託を残されました。

 

「皇大神(天照大神)、吾、天之少宮に坐しし如く、

天の下にしても一所に坐さずは御饌も安く聞こし食さず、

丹波国の與佐(よさ)の小見の比沼の魚井原(まないはら)に坐す

道主(丹波道主)の子、八乎止女(やおとめ)の斎奉る

御饌津神(食事を司る神)、止由居太神(豊受大神)を

我が坐す国へ坐さしめむと欲す」

 

※自分一人では食事が安らかにできないので、豊受大神を伊勢に寄越して欲しい。

 

とおっしゃられたので、豊受大神も、伊勢神宮へと遷宮される

ことになりました。

 

 

二柱が遷宮された後の飛鳥時代に、吉佐宮は「籠宮(このみや)」と

名を改め、現在の籠神社の地へと遷宮されましたが、

元々の吉佐宮の地での祭祀も続けられ、こちらは「真名井神社」と

呼ばれるようになりました。

 

この「真名井」という名ですが、高天原にある「天の真名井」が

元となっており、清浄な水に付けられる、最大級の敬称と

言われています。

 

真名井神社にも、「天の真名井の水」が、湧き出でていると

伝えられていることから、神社の名前としたのでしょう。

 

 

「天の真名井の水」は、高天原で、天照大神と、

素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誓約(うけい)を行った際に

使われたとされているのですが、

この水を、彦火明命の孫である天村雲命(あめのむらくものみこと)が、

高天原より、黄金の鉢に入れ、地上に持ち降り、

真名井原の磐境(いわさか)の側に湧き出る泉に遷し、

豊受大神をお祀りする「神饌(神へのお供え)の水」としたのが、

真名井神社に伝わる「天の真名井の水」の起源となっているそうです。

 

「天の真名井の水」は、容器を持っていけば、誰でも汲んで

持って帰ることが出来ます。

(お賽銭を入れる所があるので、お金はそちらに入れて下さいね)

私達も、勿論頂いて帰りました。

 

 

冷たくて、柔らかく、ほの甘い水でした。

この後訪れる、一之宮全てでお水を頂いて帰ったのですが、

まさか三社共にお水があるなんて知らなかった私達は、

水を入れる容器など持って行っている筈もなく。

せっせと、その時飲んでいたペットボトルを飲み干しては、

お水を汲んで、持ち帰ったのでした。

 

今度から、神社に参る時には、必ず容器を持っていくようにしよう。

と心に決めたのは、言うまでもありません(笑)

 

 

そして、真名井神社の説明が書かれている石碑ですが、

神紋(社紋)を見ると、左三つ巴になっていました。

 

左三つ巴というと、八坂神社で使われている神紋の一つ

なのですが、実は、過去に真名井神社を訪れた方々の記事を

拝見すると、六芒星(ダビデの星)が描かれていたのだそうです。

 

左三つ巴は、籠神社の神紋ですが、六芒星は、裏神紋とも

言われているようです。

いつの間に、何故、左三つ巴に変わったのか。

 

調べていくと、なかなかに奥の深い真名井神社でした。

 

 

 

 

 

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