過去にアップしたライフストーリーを、再投稿中です。
さて、少し私の自己紹介を。
1986年12月4日産まれ
ちなみに動物占いは狼。
KINナンバーは60音13
数秘だと3
ストレングスファインダーの上位は
ちなみに私がもってない要素は
愛媛県にて三人きょうだい(私・弟・弟)の長女として産まれました。
産まれてすぐ病気になったのと
最初の子で女の子なので、
とってもとっても可愛がられていたと思います。
すぐ下の弟とは
年も近くよく喧嘩していましたね。
数年前に弟から、
「焚き火で温めた鉄の棒を足につけてやけどを負わされた」
というエピソードをききましたが
まったく覚えていませんでした。
長女アルアル?
一番下の弟とは、6歳離れていたので
女の子の服を着せたり、完全におもちゃでしたね。
低学年時代のエピソードとして、
覚えていることがあります。
小学校2年生のときです。
私背が小さくて、前から2番だったんですが
一番前の
おとなしーーーーい女の子が
ほんとおとなしくてなんにも言わなくて、
ある日ちょっとつねってみたら
なんにも言わなくて。
「なんでなんにも言わないのか、もしかしたら痛くないのかも」
と、体育の授業の度につねってたら
とうとう先生に呼び出され、
その子のおうちに謝りに言った記憶があります。
言われないとわからない。
思ってないのかと思っちゃう。
あと、小学校がかなり遠くて
いつもトイレが間に合わず、
通学路にあったパチンコ屋の交換所側から中に入り、
トイレと夏場は涼んで帰ったりしてました。
パチンコ屋の横は小川で、
川に落ちている玉を、絵の具の水入れに貯めて、
交換してもらってお菓子もらったり
落ちてるエ◎本を見てキャーキャー言ったり
学校からずっと続く小川で傘を浮かばせたり
男子をその小川へ突き落としてしまったり。
あの時代に通学路が遠くてよかったなあと、思いますね。
ハードな事柄を書き連ねましたが、
ベートーベンの本とかを小脇にかかえたおとなしい
文学少女でした。
中国人の転校生がいて、よく間違えられたなぁ。笑
そんな楽しい小学生低学年
1000人近いマンモス校だった小学校から、田舎に転校します。
(高速使って二時間くらいの県内です。)
ランドセルじゃない学校だったので
好きなリュックで行くことができたのが
特別感を感じ嬉しかった。
たまごっちが大流行した年の頃。
私は持ってはなかったけど。
仲良しの友達ができて
その子のマンションによく遊びに行ってて。
マンションの隣は住宅展示場。
ある日、その子とフラッと遊びに行きました。
展示場のお姉さんは快く中に入れてくれて、
その友達と
「こんな家に住めたらいいね〜♥」
なーんて話していたんですね。
で、なんとですね、
次の年にはそこに引っ越します。笑
その展示場、売りに出たんですね。
家具付きで。
母に、そのに行ったこと話してなかったと思うので
引っ越すってきいてそこだったときは
ほんと驚きましたよね。wwwww
後にあるセミナーに参加し、気づいちゃったんですが
私、レインボーチルドレンだと思います。
(知らずに参加したのですが、どっぷりスピ系のセミナーでしたww)
レインボーチルドレンはググってくださいw
その後仲良しの子と家も隣同士になり、
そのおしゃれな家具付きのひろーーいおうちで、
小学6年生の私たちは
作詞作曲、演劇、映画撮影、
にどっぷりとハマります。
その親友の年の離れたお姉さんお兄さんが歌手やモデル、と
田舎には珍しい家族構成の子だったので、
必然的に私は上京を夢に見、
「将来の夢はクリエイター」
ご近所物語やこどものおもちゃを見て
クリエイティブなお仕事につくことはできる
そう心から信じていました。
がしかし!!!!!
③に続く。
前回からの記事
読んでない方はこちらからドーゾ↓
死にぞこないのわたし。ライフストーリー 〜①〜



