志村さんの遺品【退院日記 ep.4】

2020/01/24(金)

数日前、いつも車に積んでいた荷物をひとつ
降ろしてきた。
紙袋 1つ。

入れていたものは、北大病院に入院する際の「入院のご案内」ほか関連資料。
それと、札駅地下の久世福商店で買ってきた「食べる、だし醤油ふりかけ」。


北大病院のは、
ボクが入院するって聞いた志村さんが
気を利かせてくれて、親切にリハビリで会うときに持ってきてくれたもの。
このときは、お礼の気持ちとして
カルディのコーヒーをプレゼントしたっけ。

そして実際の北大病院への入院は
完全に想定外で、手術不要で検査だけ受けて退院しちゃったから、当初の予定よりズッと早く帰ってきちゃったんだけど、
お土産は軽くて珍しそうなものをと思い、
久世福商店で買ってきたんだ。

返さなくちゃいけない北大病院の資料と
札幌のお土産を紙袋に入れて、
リハビリのときに会ったら渡せるように、
リハビリの日を合わせて持って行った。

でも、
それと前後して、志村さんが体調を崩し、
リハビリ室で中々会えず、
毎回持って行っては、会えなくて持って帰るのを繰り返してた。

そのうち志村さんから連絡が入り、
腰の悪化で整形外科に入院してるって。
退院の連絡を待とうと、荷物は車の後部座席に置いたままにしていた。
それがこの紙袋。

あのまま会えなくなるとは思ってなかった。
完全に油断してた。

志村さんの訃報から3日ほど経ち、
精神的なショックからは回復できた。
でも、なぜか胃の具合だけはズッと最悪で、
胸焼けがしてムカムカして、食欲も減退。
それは丸々1週間も続いた。

不思議だった。
志村さんとは、そこまで親しかったワケではなかったから。
親しさでいえば、もっと親しかった患者仲間はいたし、志村さんとは当然、同室になったこともない。

去年・一昨年に亡くなった 4人…
徳田さんのときも、瀧澤さんのときも、
星さんのときも、中島さんのときも、
みなどうしようもなく悲しくなったけれど、
こんな風に胃に長期間ダメージを受けるのはなかったのに。

気持ちが落ち着いた頃、考えてみてた…
なんで今回のダメージは大きかったのかを。

多分、返すべきものがあったのに、
お渡しすべきものがあったのに、
それらをお返しできなかった、
お渡しできないまま、さよならになった…
「心残り」という言葉がある。
間違いなく、それが大きな要因だった。


札幌のお土産は、浮いてしまったからといって、誰か他の人にあげられるものではない。
ボクが自分で使おう。
資料は、志村さんの形見として、預かろう。
.

訃報に接したのが 1/14。
もう 10日が経った。
1週間もの間、スゴく具合の悪かった胃も、
お陰様で、ほぼ全快に回復した。

これにて一旦、志村さんのこと
引きずるのは終わりにしようと思います。
他の 4人と同じように、忘れたりはしない。
命日には手を合わせようと思います。
でも、いつまでもグジグジしてるのは
これで終わり。
.