2022年10月21日に震災遺構である大川小学校があった場所に行ってきました。
旦那が足を踏み入れた瞬間に鳥肌が立つと言ったのにはびっくり。
てか、記事を書き出した途端に頭が痛い。
頭痛ではない痛みです。
津波に流された人の痛みでしょうか、流されているときに感じた痛みかもしれません。
見学している間も胸の下側が痛みました。
自然と涙がこみ上げてきました。
けど、被害にあったのはここだけではなく、小学校自体を含む地域全体でした。
町がまるごと無くなったのです。
生活がまるごと無くなったのです。
旦那の一言が重かったのです。
俺はどんだけ気楽にニュースで見てたんや。
この一言は私も同じ思いです。
しかも、たった一箇所訪れただけに過ぎないのです。
甚大な被害の極一部しか見てないんです。
敷地の中にマリア観音の像がありました。
手を合わせて祈らずにいられませんでした。
天に通じる道を作り御魂が上がることを祈りました。
その後、南三陸町にある南三陸さんさん商店街に行きました。
震災のメモリアルの建物があり、展望台に上がったのですが、下半身に縋ってくる霊たちが数えきれないほどに。
振りほどくことなく天への道を作り好きに任せることにしました。
私に着いて来たかったら好きにすればいいのです。
私はそのために来たのですから。
ただ思うのです。
これから天災は幾度となく人や街を襲うでしょう。
その時に人の意識が高まっていれば被害は最小限に抑えられるでしょう。
震災遺構はそのために存在するのです。
これからの人生でどれだけのことができるかは分かりませんが、また東北の地を訪れたいと思います。
それにしても、行くと決めてから11年7ヶ月もかかるとは。
私にとっては安易に訪れることができませんでした。
震災直後では私の力が足りなかったと思うから。
中途半端な気持ちではあかんと思ってたから。



