私のやっていることを
霊視と勘違いしている人がいたけど、
霊視とかとはまったく違う。
何か特別なものを選別して
見分けようとか
その能力を身につけようとか
そういうことに興味はない。
この世界はすでに
細部まで
ありとあらゆるところに
いたるところに
神秘と神が流れ込んでいるのであって、
その当たり前のものを当たり前に見るだけ。
特別なものを見ようとする
その眼差しを
むしろ捨て去ろうとする行為。
普通のものと
特別な何かを選別する
自分の中にあるジャッジを捨てる。
あまりにも当たり前にあって
気づいていないところに
神を見出す。
だから、
龍が見えたとか
見える人がすごいみたいなノリを
ぶっちゃけ
めんどくさいとかしか思えない。
そうやって現実に
また別の妄想やメガネをのせているだけとしか
私には思えないのだ。
ま、これも私流の
ひとつの視点に過ぎないのだろうけど。
でも、そういうありがちはスピリチュアルとかには
私はまったく興味がないので、
そういうものと
ますます距離を置きたいなと思っている。
昨晩とある勉強会に参加していたら、
僧侶の人がいて
彼が
仏教のテーマは「ものごとをありのままに見る」こと。
妄想や、
自分のかけているフィルターやメガネをはずすことと言ってたが、
まさに私のやりたいこともそういうこと。
ジャッジを外していくと、
自分の先入観を外していくと、
全てに神が流れ込んでいることに気づく。
新たな能力を獲得するのではなく、
むしろ自分が身につけてしまった
偏ったものの見方や
ジャッジを外していく。
それが私がやろうとしていることだし、
やっていること。
