誰かの役に立つということは、
自分にとってのいいことを人に押しつけることではない。
自分にとっていいことが、
必ずしも他者にとってもいいことだとは限らない。
自分という狭い視界から、
自分にとってのよきことを他者になそうとすることは、
支配であり、コントロールである。
それなのに、
自分がいいことをやっていると
勘違いしている人が多すぎる。
自分が、自分が、自分が、
というところから外に出て、
この人は本当はどんなことを感じているのだろう、
どうしてこんなふるまいをするのだろう、
と、そのことに思いをはせてみる。
他者を変えようとしたり、
何かいいことをしようとしたり、
わからせようとする前に。
そうしたら、そこには、
自分とは異なる希望や、
異なる痛みや、
異なる正義をもって生きている
崇高な他者を発見する。
人と自分は異なるのだ。
どちらが上でどちらが下でもない。
どちらが与える側でも
どちらが受け取る側でもない
ということが理解できて初めて
わかりあえる。
自分の基準や、
自分という狭い枠組みの中から
見ていたのでは何もできない。
だけど、
そういう人が多すぎる。
他者を変えることが
いいことだと勘違いしている人が多すぎる。
他者を変えようとするあなたは何様なのか。
どれほど正しいことを知っているのか。
他者に何かをしようとする時に、
自分は自分の何を満たそうとしているのか。
何を証明しようとしているのか。
それを考えてみるといいかもしれない。
他者の思いに意識を向けて、
その人の力に思いをはせてみるだけで
十分なことが多い。
そうしただけで、本人が、
想像もしなかったようなオリジナルな形で
人生を歩き始めるのを多く目撃した。
そこに思いをはせないで、
自分という狭い枠から何かをやってしまうと、
逆に人の力を奪ってしまう。
そういう勘違いをしている人が多すぎる。
でも、
情報は伝える。
それを使うかどうかは本人が選べばいい。
知っているのと、知らないのでは
人生はまったく違ってくるから。
だけどそれを生きるかどうかは、
その人の人生だ。
所詮は、自分が自分のためにやっているんだ。
すべて。
それを理解すると、
支配してしまうことや
承認欲求や無力感から解き放たれる。
