幸せを自分で創造するには、承認欲求をやめてみる。 | 生きる喜びを伝える伝道師〜くりはら せいこのブログ〜

生きる喜びを伝える伝道師〜くりはら せいこのブログ〜

生きることは苦しみではなく喜びであるということを伝えています。
著書に、精神科医の齋藤学氏との共著『ヘンでいい。』

対話を使ったセラピー、魂のメッセージを伝えるソウルリーディング 、セルフラブグループ、笑いヨガリーダーなど、対面では東京を中心に活動中。

承認欲求の中にいると、

人生がどんどんきつくなって、

どんどん混乱してくる。

 

私も以前はそうだった。

 

承認されさえすれば、

人生はうまく生き、

幸せになれると思い込んでいた。

 

その時には、

相手や社会や取引先の期待を読み取り、

その対象を最大限に喜ばせるように必死に努力した。

 

私はそれがうまかった。

 

期待を読み取って動いているのに、

それをそうだと思わせないように、

媚びていると感じさせないようにできるから、

好かれたし、評価されたし、仕事もできた。

 

でも、

超・空虚だった。

 

なんのために生きているのかわからなくなって、

生きる意味を喪失して、

どんどん気力がなくなりウツになっていった。

 

ここまで行かなくても、

承認欲求の中で生きていたら、

相手に承認されないと相手を責めて悪口を言い、

もしくは承認されないと自分が悪かったのではないかとか

自分が足りてないとか思って、

そこで上がったり下がったりして生きている人が多い、

というかほとんどなのではないだろうか。

 

でもね、

人はあなたのことなんてそんなに関心を持ってなのですよ。

誰かが自分を幸せにしてくれることなんてないんですよ。

 

好かれたからって、

だからって、

その人が自分の人生の責任まで負ってくれないんですよ。

 

それがわかった時、やっと私は居直った。

 

自分で自分の人生の責任をとろうと。

嫌われようが好かれようがどうでもいい。

自分の好きなように生きると。

 

そう居直ってから、

ほんと、

生きるのが超・楽になった。

 

 

承認欲求って

サバイバルなんだと思う。

 

誰かに承認されて

居場所が得られれば生き残れる、

そうじゃないと生き残れないという、

生きるか死ぬかのサバイバル。

 

だから過労死するくらいまで働いちゃうし、

ひどい環境にいても逃げられなくなる。

 

でも、これは幻想なんです。

子供時代の記憶から作り上げた幻想。

 

 

幼い頃ってそうですよね。

 

親の機嫌や期待を読み取って、

親を喜ばせたら愛されたし、

喜ばせなかったら怒られた。

 

下手すると、

そんな悪い子はお小遣いあげないとか、

ご飯抜きとか言われちゃった子供時代の人も

いるかもしれない。

 

そうなっちゃうと、本当にサバイバルですよね。

子供にとっては。

 

最近では子育ての知識が広まってきて、

そういう子育てする人は減っているかもしれないけど、

私の世代はしつけと称して

子供を叩くくらい当たり前だったので。

 

 

その記憶が残っていると、

どうやって愛されて認められてサバイバルするか

という中だけで生きているから、

自分の主体もないし、

自分の人生を創造するどころではないんです。

 

そこそこの歳になっても、

幼少期のサバイバルの記憶の中で生きている人がいっぱいいる。

 

もう誰も自分の居場所を作ってくれないし、

守ってくれないし、

幸せにしてくれないにもかかわらず。

 

そこから一歩出るのは、ほんと勇気がいる。

生きるか死ぬかという幻想の中から一歩出るわけですからね。

 

 

そこから出るのに一番いいのは、

まずは決められたこと

(仕事だとか家事だとか義務だとか)

以外のことをするということかな。

 

役に立たないけど好きなことと。

 

親から、

そんなことやってないで勉強しなさい

とか言われてやめていたことを、

自分のためにやってみるとか。

 

今まで全くやってなかったことを、

誰のためでもなく、ほめられるためでもなく、

認められるためでもなく、お金のためでもなく、

自分のためにやってみるだけで意識が変わる。

 

私にとってはそれが芝居だった。

 

そこそこの歳になって、

若者に混じって数百人入る舞台に上がって、

怒りまくるへんな人を演じるって(笑)超勇気がいる。

 

でも、あれは自分の意識を変えたなー。

 

もっと前にさかのぼれば、

十数年前に「生きづらさを語る自助グループ」という

言いっ放し・聞きっぱなしで語る場を

自分が主宰して始めたことかな。

 

誰に頼まれたわけでもないのに、

来る人がいるかどうかもわからないのに、

お金にもならないのに(というか場所代その他持ち出しなのに)、

何かの役に立つかどうかもわからないのに、

自分がやりたいというそれだけの理由で始めた。

 

あの時から私の人生が変わり始めたと言える。

 

 

有名なヒーラーのヒーリングを受けたからとか、

著名な誰かのリーディングを受けたから人生が変わるわけじゃないんだ。

 

自分が一歩踏み出さないと何も変わらない。

 

 

認められること、言われたこと、決められたこと、頼まれたこと、依頼されたこと。

そこから一歩出て、

自分を満たすための行動を小さくてもいいから始める。

 

それが承認欲求から出ることだし、

そこから人生は変わるのだと思う。

 

 

 

自分でお話会やセラピーをやっていると、

来てくれる人の中には

私の承認を目的としてしまう場合がある。

 

私は、

その期待に応えて承認を与えることは超得意。

いくらでもできる。

 

でもそんなことやっていたら、全く意味がない。

 

外の社会でやっていることを、

外の世界で承認されなくて満たされなくて

私のところに来た人を承認してたんじゃ、

同じことを繰り返すだけだ。

 

承認した相手は、

私に言われたことだけをやり、

私に好かれるように振る舞う

ロボットのようになってしまうだろう。

 

私だって、

来てくれた人を承認して、

せいこさん好きとか、

せいこさんすごいとか言われた方が気持ちいいよ、そりゃあ。

 

やろうと思えば、そんなのいくらでもできる。

ぶっちゃけ、そうやって人をコントロールするのなんて

簡単なのかもしれない。

それをビジネスにした方が儲かるのかもしれない。

 

でも、そんなのやりたくないんだ。

そんなことをやりたくて

お話会やセラピーをやっているわけじゃないんだ。

 

 

 

私がやりたいことはただひとつ。

 

承認欲求の中で生きるという世界から出てもらい、

あなたには力がある、

あなたには自分のやり方で自分の人生を創造する力がある

ということを伝えることだけ。

 

 

そのためには、

承認欲求が漂っていることに気づいても、

そのエネルギーを全部脇に置き、

その人の本質の力だけにフォーカスすること。

 

嫌われてもいいから、そこだけを見ていること。

 

 

 

あなたには力がある。

人から承認されなくても、

あなたには力がある。

 

それを思い出してもらいたくて、

セラピーもお話会もやっている。