迎えてしまった
四十と七つの誕生日。
自分が初めて子を産んだ日、分娩台の上で
「あぁ、自分の誕生日ってのは、『お母さん』が頑張った日なんだな」
と強烈に思ったのを覚えている。
ワタシの両親は晩婚で、ワタシが産まれた時には自分で立ち上げた仕事が軌道にのりつつあって、母はキャリア人間なポジションの人で、いてほしい時にいる「ママ」では決してなかった。
非常に太い「自分軸」みたいなゆるぎないものがあって、その軸がキャリアの中にあるから、今自分が「オカン」をやっていて、
あぁ、これやってもろたことないな
とか
こういうのして欲しかってんなぁ
とか
子どもの頃の欲求が再び明確になってもうて、
それを自分の子供にしてやることで折り合いがつくかと思いきや
「あぁ、だからこれをワタシが子供の頃にやってくれてたら~!!!」
とさらに不満を抱いていくという
五十路手前で駄々っ子かオマエは!!
みたいな感情に特にここ最近はなっていた訳で。
じゃ、自分は一番何を母に知ってもらいたかったのか
というのをひも解いて、マトリョーシカの一番ミニのとこまでひも解いていくと、それは、「自分が人にはどうでもいい事が何かのきっかけでひっかかると不安になってしょうがないという性分であるということ」だったのだ。
こういう気持ちになる時、子供の頃からなのだが、胃の辺りがモファモファ~って変な感じがしてしんどくなる。これをネットなんかで調べると「胃の不快感」と書かれているのだが、それは表現しきれいていない。
ある日、英語記事をネットで読んでいるときに、その状況を
butterfly in stomach
と表現されており
おーーーーそれや、それや!!!
と大納得。
ワタシの場合はデッカイ蝶が一匹、ふわ~っと飛んで胃に張り付く感じ。
それを、先日のプールの後、お昼ごはんを食べながら母に話すことにしてみたのだ。
そう、自分がここ最近母に抱いていた想いというのは
自分が「母親」としてそっちの「母親はどうなのよ」という角度で苛立っていたけど、自分が本当に望んでいるところは、五十路手前の駄々っ子、そう「子供ポジションな自分をちゃんと見てほしい」なんじゃないかと。
こうして、ひっさしぶりに子供ポジションに降りてみることにしたワタシ。
えっと・・・
どうやって降りるんでしたっけ
オカンになって約20年。もう子供の扉の開け方が分からない。
それは、まるで
寝てる時に急に電話がなって、出たはいいけど
「あれ?今はなんて言葉発するんやっけ?」
に匹敵するくらい、分からない
なので少しずつ話しながら
子どもの頃こんな気持ちになって、だから不安で逃げ出したんやで
とか
社会人の時はこれがひっかかって不安で寝れなくなった
とかを話し、ここ最近のひっかかり&不安を伝えると、母がひと言
「もう放っとき、そんなん」
と自分の中にはない「放っておく」という技がずばーーんと飛び出したのだ。
その言葉の響き方たるや、胃の中で寺の鐘を鐘突き棒をおもっクソ手前に引っ張ってからゴーーーーンと打ち込んだくらい。
蝶がビビッて飛んでったやん
ほんで、飛んでったついでに涙でてきたやん。
こういう話がしたかったんかなぁ
とか
ワタシのメンタル弱子しらんかったやろ
とちょっと責めたかったのか
いや、きっと
母からの「私」をちゃんと見て出してくれるアドバイスっていうのが
「私が本当にずっと欲しかったもの」
だったんだろう。
母の前である程度の年齢になってから涙なんか見せたことなかったから、ちょっと驚いたやろな。
ちょっと自分が子供に降りて話してみる。
自分が親になって抱く不満をそのままぶつけても喧嘩になるだけ。
ガルたちがいくら大きくなっても「子供」とワタシが思うように、母もワタシを「子供」と思ってるんよな
色んな想いが駆け巡り、結果
自分の中で決着がついた気がしたあの日。
今日はワタシの47歳の誕生日だが、母が47年前に頑張った日。
自分の中でのわだかまりが消えた今、一日でも長生きしてほしいという気持ち一本で、今後も子供ポジションな自分を忘れずに接していこうと思う
そんなことをふと思った今日。
おい~自分の誕生日になにしんみりしとんねん!!!
この年末は
オカンの家の大掃除
してきますわ~
P.S.誕プレに、いっちゃん下の左の「
いいね」押してって~!!!(笑)
ランキングに参加中!押してって~
このブログに初めてお越しの方はぜひ読んで
ココを押したらこのブログフォローできちゃう
***
今日もお読みいただきありがとうございました
Boi


