ていねいな生活、という考えに出会ったのは、数年前。


5年のタイ生活を終え、帰国した先は東京。知り合いもまったくいない江戸に放り込まれた我が家は、子供たちの学校を必死で探した。


羽仁もと子、という明治生まれの女性の思想を色濃く残した教育をするユニークな学校に出会い、子供たちはそこでお世話になることになった。


そこで、彼女の著作集なるもに出会う。


著作集を読んでいくと、子どもの成長に沿って出てくる、迷いや悩みを、どっかから見てるんとちゃうか、と思うくらいどんぴしゃに言い当ててくるのだ。そして、その解決法も。


明治時代の文章ゆえ、表現に時代を感じるが、その言葉は的確で、なんや、ひいおばあちゃんにアドバイスされている気になっていた。


その著作集の中でよくいわれているのは「ていねいな生活」の大切さだと思った。


ここシカゴでもていねいな生活を実践している。たとえば常備菜だ。冷蔵庫には、きんぴらやかぼちゃのたいたん、お豆さんやらが入っている。ちょっとしんどい日も、副菜が揃っているとほんまありがたい。


ところが週末に近づくにつれ、あれ、はよ食べなかん、と半ば追い立てられるようにお豆をつつき、かぼちゃを放り込む。その味が週末も続くのはどうだろうか、と思うのだ。結果そこから脱却するかのように、週末に外食をする。常備菜が週をまたぐ。月曜の昼、これ、まだいけるかなぁ、と全神経を研ぎ澄ませてにおいをかぎ食す、という、ほんま、何をやっとんねんと言う状況やった。


ほな、あれや、平日用に少し量を減らして常備菜を作り、金曜日のうちに週末用に気持ちの上がる常備菜を作れば外食せんで済むんとちゃうか。副菜が少しあり、ふわっと過ごしてるうちにやってくる昼食のメインをはれるものがあればええやないの、と。


金曜日、週末の気持ちを妄想し、作ることにした。

Boiのシカゴに住むことになりました。


ルクエで2分半、さっと蒸して作ったキャベツナムルに大根とラディッシュの即席漬け、庭に前住人が蒔いていってくれ勝手に育ってくれた紫蘇添え。このタイプの副菜は時間とともに味がどんどんしゅんでいくから、食べるのが楽しみになるし、ええなぁ、と思った。


Boiのシカゴに住むことになりました。


グリーンピース、玉ねぎ、ハム入りのケークサレ。


気付いた。常備菜は何が何でも和食やないといかん訳やないと。こういうお惣菜ケーキは、休日のブランチにもってこいやと思った。


タイにいたころ、ていねいに生活している主婦の少し先輩の人たちを見て、自分は授乳、子育てにただただ追われ、振り回されるという日々を嘆いたり、焦ったりしたこともある。


ただ、このていねい生活の内容は子供の年齢と共に内容が少しずつ変わるものでもあるというのも知った。


今、子供たちがある程度自分たちで色々できるようになった中で、食に対してていねいに生活できるようになってきたのだ。


そしてもう一つ。ていねいな生活、今日はできへん、と思う時はやらない。これも追い込まれないように、できへん時は、いさぎよくやらん。これは、もちろん、あの「うつ」から学んだこと。


ゆっくりやったら、うまいこと行きますよってに。




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アップグリーンピースのケークサレをカットしたら、水玉模様みたい~、と女子っぽいことをゆうてみたりして。ポチっと今日もおおきに。