14〜21歳の領域〜亡くして初めて見えるもの | フェイシャルハーモニーと遺伝子易経Gene Keysで輝く自分とつながるブログ

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東京恵比寿でフェイシャルハーモニーを提供&お伝えしながら、遺伝子易経(Gene Keys)リーディングも行っています。内なる旅を共に始めましょう。

受講中のオンラインクラス
『ビーナスの道』。



目的→引き寄せ→IQ(知能指数)へと
進み




14〜21歳に関わる「IQ」領域で
愕然としています。




両親共に亡くしての初ビーナスの旅は
『亡くして初めて見える、気づく』に
リアル直面です。





中学2年(14歳)から
成人式を終えた後の時期(21歳)とは




大人の階段を駆け上がる
劇的で超激動



心身共に大きな変化や経験を味わう
めちゃくちゃ多感な時期…。



淡い恋心のような
異性への憧れ



よく分からないまま
“彼氏”と呼ばれる存在が出来たり
別れを経験したり。。。




義務教育を抜けて
“自主性”が高められる高校から



突如
「将来,どうなりたいの?」と
人生を見つめる必要性に迫られます。




養育環境によって違いはあるでしょうが
全くぼんやりしていた未来に



私の場合は突如
“看護師になる”と言う方向が現れて
歩みを進める事になりました。



それは
自らの選択と言うよりも
人生の先輩(母親や叔母)からの
アドバイスや教えによるもので



「あなたに向く!」と言う
何だか絶対的な安心感のある後押しに
完全に乗っかった形です。









後々思い返してみると
その選択が一番の大きな分岐点だったと
感じます^^;



それはイコール
親元を離れて両親の庇護の元から
独立する…と
言う事だったから。



他県へ独り移住して
出逢ったばかりの同僚と共に
寮生活を送りながら看護学生になり




仕事をして対価を得て
自立しながら社会生活を送る事が
どんな事なのかを
知っていた時期なのです。




(富士🗻の見える近所の坂道)



学生だった頃は
例え友達との関係で悩んだり
失恋で落ち込んでも



家に帰るとそこには
両親と言う
私にとっての絶対的な安心安全な存在がいて



“思い通りに行かない”と嘆こうとも
衣食住に困る事なく
愛を持って育まれていたのです( i _ i )



その頃のことを今
俯瞰してイメージ化してみると



お腹の奥
身体の芯の辺りにしっかりと
あたたかく安定した土台のような何かが
あった感覚が浮かびます。


そうだと分かると
18歳で親元を離れた時の
新社会人の私は




お腹にスカスカの“軽石”を
抱えていたようだったと
気が付いたのです(~_~;)



両親を思えば
繋がりはちゃんとそこにあって



根底の安心感が
失われた訳ではないのだけれど



まるで充電器から遠く離れて
自力でバッテリーを
充電する必要があ?かのように



外側へ外側へと
興味を広げながらエネルギーを求めて
ひたむきだった。。。



外側のもので
バッテリー…つまり“軽石”を
満たそうとしていたとも言えるし



魂的な成長を遂げるために
必要な行程で
冒険でもあったと…。



両親とも他界し居なくなった今も
実家に帰ると
爆寝してしまう訳が
分かった気がします(TT)




21歳から先

28歳までをビーナスの道では

「引き寄せ」領域とするのだけれど




更に何十年も人生の旅を続けて

果たして“軽石”は?

と言えば




ガイドたんまよと仲間たちと歩んだ

インナージャーニーのおかげで




『自己信頼』と言う安定で

満たされて来ていると感じます。




それと同時に

両親,家族の育んだあたたかい安定も




今なおもちゃんと

私の核を包みあたため続けてくれていると

感じる事ができるのです( ~ 人~  )♡




それで100%か?

と問えば



また僅かに

満たし足りていない感が

残っていると感じ




ふと

ボブディランの

『風に吹かれて』か浮かんで来ました。





参照記事


どれだけ生きれば

自分を卑下せず

信頼し続けるのだろう




“良い人”になろうとするのを止めて

自分自身を生きるのだろう




周りの目や評価を気にせず

自分であり続けること…。




“答えは風の中を舞っている”










ビーナスの旅は

更にさかのぼりつつ

続く〜…。


今日もありがとうございましたお願いハートキラキラ

 

 

 

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