仕事のある日だけ目覚ましをかけている。


ジリジリというサイレン音じゃなくて できるだけ気持ちよく穏やかに起きられるように


楽曲は選んでいる。


だけど どんなに爽やかなものにしても、どれだけ気の晴れる曲にしても


仕事に行くために起きるのは嫌で

結果的にその音楽はトラウマになり嫌いになってしまう。



今回またスマホを変えたので目覚ましのメロディを何にするか、散々考え選びに選んでいたのだが


「朝日のあたる家」にした。😳

朝っぱらから絶望の極致、底辺まで落ちてしまったものの歌。


アニマルズのエリック・バードンの声はこの絶望を叩きつけてくれる。



もうどうせ気分良くなんて起きられないのだから、行くところまで行ってしまえ!!

始めから絶望で起きてやれ!と開き直ったのだ。



おかしなもので朝日のあたる家が聞こえて起きるとそれほど絶望的な気分ではない。


ただ、一曲まるまる聴いてしまうのが難点だ。






何故か 突如として 天ぷらが食べたくなった。


わたしの食べたいのは茄子の天ぷら


普段 あまり天ぷらは食べない


お店で食べる天ぷらは好きだけど、自分で作ると大体お店のようには仕上がらず美味しくないからだ。

粉の溶き方だとか温度だとか、気にしたってどうやったってお店のようにはならない。


その上、出来上がった頃には油の匂いにやられて食べる気が失せている。




本来あまり好きな部類のものではないのも手伝って、はてさて、天ぷらを揚げるのは何年ぶりだろう?!


わたしは茄子だけで良いけれど、家族はそうではないだろうから、ほかの具材も何か?🤔

何なら食べるだろうか?



考えた結果、ピーマン、椎茸、オクラにした。🫑🍄‍🟫


普通、天ぷらの具材ってナニ🤔


海老、、くらいしか思いつかない。かき揚げ、とか?



茄子は嫌いとか言ってたくせに、食べてる奴がいる。😳


まあ、そのほかのもよく食べてるやん。


そりゃそうか。滅多に出てこないもんね、天ぷら。🤣🤣🤣






最初の最初


音楽事始め


子供の頃にピアノを習っていた


これという理由もなく習い始め、これという理由もなくやめてしまったけれど


歳をとったらまたピアノを習って暮らしたいと思っていた


ピアノを習って暮らそうと



あれ?


歳をとったらって、いつ?


わたしもう充分年取ってるやん


高齢者じゃん




今まだ 琵琶習ってるし、お箏弾いてるし、、、



困った。 いつピアノ習う?😳



高市さんが自民党の総裁に選ばれてから

誰かに意見を求められたのかられないのか知らないが、


福島みずほさん、田嶋陽子さん、などが

「女性初の総理大臣になったら」ということについて意見を述べていて、


これがまた見事に的外れで、ただの個人の意見でしかないというか、感情的な物言いをしている。


どんな意見でも、感情的でも構わないけれど

とりあえず一般人ではないのだから

もう少し時世を捉えた発言はできないものかと呆れ返っている。


個人的な好き嫌いや信条の違いはさておき、

それなら小泉さんがなったほうが良かったとでも言うのだろうか?


今、好き嫌いでも信条でもなく、問題は日本が終わるか終わらないか、伸るか反るかのところで、とにかく普通に考える事ができて、まともにものを見られる人が必要な時に、


それ以外の論点で反発するのが信じられない。


それどころじゃないんだよ、日本は今、日本でいられるかどうかの瀬戸際なんだよ!!


そんなこともわからないのかい!?



主題歌 

one more time, one more chance も

1991 も

どちらもとても 良い曲だ


だけど、なんでまた この悲しい話を実写化するかな


もう いいよ。


流石、新海誠

よくもまぁ、こんな悲しい話を考えました。


わたしは沢山 


胸が痛い



今日はコンサートへ来ている。


ものすごく久しぶり。



もう半年も前に申し込んでチケットを何処に置いたのか忘れるくらいだ。


そして、この人の歌を単独のコンサートで聴くのは初めてだ。


白鳥英美子


山室さんのほうがわたしにはわかりやすいけれど、もう結婚されてからだいぶ経つ。



わたしの記憶は至って不確かであやふやだが、

KIEYO以外の歌を聴きに来たのは2人目


聞いても良い、聴いてみたいと思ったのは

五輪真弓とこの人だけだ。


男性でも1人聞いてみようかと思う人はいたのだけれど、

どうにも最後の一押しが踏ん切れず、そのままだ。


きっと、聞いたら気持ち良いのだろう。

そして同時にKIEYOじゃないことが気になって逆効果になりそうだとわかっている。



女性だから、なのか。 それとも声質なのかはわたしにもわからない。


でも、五輪真弓と白鳥英美子は聴いてて気持ちいいに違いないと思ったのだ。


そして、その通りだった。



しばらく歌を聴けないで薬切れ状態で聴きに行った五輪真弓は死ぬほど気持ちよかった。





そしてもう1人の救世主、白鳥英美子の歌をやっと心ゆくまで聴くことができた。

一曲ではなく、溜飲が下がるまでたっぷり。





誰にしてもCDとか音源ならわざわざ会場に足を運ばなくてもあるのだ。

今日も会場で販売してたし。


でも、わたしが聴きたいのは生歌なのだ。

それ以外はいらない。


別に会場であっても目を閉じて聴いてたりするのだから、

それならCDでもいいはずで、それなら簡単なのに、

でもわたしは生で聴きたい。


どうしてなのかはわからないし、説明もできない。




でも、今日の白鳥さんの声は透き通るようで、空気まで浄化されたように美しくて清らかだった。


これだよ、これ。


あぁ~、気持ち良かった。

なんて久しぶりの気持ちよさだろう。


以前、自分が当たり前のようにそれを享受していたことをしみじみ思う。

その時、この幸せは今ここにあるだけ。貴重だとわかっている。わかっているけど、どんなにわかっていてもそれを手の中に留めておくことも、その大切さを今痛感することもできないのだと考えていた。



そして、その通りの今がある。



わたしの絶望感はそこにあり、それに尽きるのだ。






この気持ち良さは、わたしだけのもので、多分誰も同じ感覚を持つことはないのだろう。


なんてこった。



あ〜、すべてが透き通るような声だったな〜。