鎌倉殿と前世の記憶 ※ネタバレあり



こんにちは!桃園ナギーです。

皆さまは大河ドラマ「鎌倉殿の13人」をご覧になっていますか?
わたしは生まれも育ちも鎌倉に近く、子供の頃からとても慣れ親しんだ土地でもあり、今年の大河の舞台が鎌倉だと知って、めちゃ楽しみにしていました。
しかも頼朝を演じるのは大泉洋さん!
もう想像しただけで想像を超える何かを期待せずにはいられない配役!
そして、これを機に鎌倉が賑わいを取り戻してくれたらいいなぁ、なんて。そんな期待も上乗せしつつ、放映を心待ちにしていました。


さて、源氏といえば義経が有名で、天武の才がありながら兄に殺された悲劇のヒーローとして人気が高いですよね。
対して兄である頼朝は冷酷無比の人物として描かれることが多く、あまりいいイメージがないような印象があります。

でも、わたし、頼朝贔屓でして…!昔から「頼朝はみんなが思ってるほど酷い人じゃないのになぁ」なんて
誰目線なのかわからないような不思議な感情を抱いていました。

それから、もう一人。「そんなに酷い人じゃないのに」と思っていた人物がいます。頼朝の妻である北条政子です。
日本の三大悪女にリストアップされるほど悪いイメージが定着してしまっていますが、頼朝同様、「本当は違う」という思いを強く持っていました。
そんな中、小池栄子さん演じる政子はわたしの中の政子像とドンピシャ!こんなにしっくり来る政子はない!
あの目を見開いた感じとかマジでそっくり!
なんて言いながら、毎回楽しく「鎌倉殿の13人」見させていただいています。


一昨日は第24話が放送されたのですが、前半はうっかり見忘れてしまい、気付いた時には大姫が亡き許嫁を偲ぶシーンが流れていました。

この頼朝の長女である大姫。わたしにとっては、ちょっと思い入れのある人物です。
歴史上の人物としてはかなりマイナーな存在の彼女が今回の大河で登場すると知った時は、かなり驚きました。

なにせ、大姫はわたしの前世のひとりかもしれない…からです。

ということで、今日はあやしい前世の話です。あやしいとか今更ですけど(笑)
そういうのお好きな方は、読み進めてください。
あとまだ24話見てない方は、ネタバレがありますのでご注意ください。














大姫の存在を知ったのは三年前でした。本当に偶然の出来事。たまたまネットで出てきた舞台の告知。演劇に明るくないわたしでしたが、そのタイトルに目が釘付けになりました。

「蛇(なぎ)の剣」

蛇と書いて「ナギ」と読ませていることにまず興味がそそられました。ソッコウで調べにかかると、「ナギ」とは蛇の古代語のひとつだということがわかりました。そこから関連して、いろいろ面白いことも発見しましたが、それを語ると長くなるので今回は割愛します。いつか書けたらいいな。

とにかく自分の名前に「蛇」という意味が含まれているんかい、と驚きながらも次にその舞台のあらすじが気になりました。

「頼朝の娘である大姫と許嫁である義高の悲劇が蘇る…」
確かそんなような内容が書いてあったと思います。

頼朝贔屓だったわたしですが、娘の存在までは知らなかったので、そちらもウィキってみました。

そして、大姫の生涯を読んでいるうちに「これ、わたしじゃん」と思わず口にしていました。
なんと言ったらいいのか。ごくごく自然にそう思ったのです。思ったというか分かったという感覚。


大姫が幼少期、笑わない子供だったこと。心を開いた許嫁が身内の手によって殺害されたこと。
そのことに深く傷つき心を病んでしまったこと。そんな自分の気持ちを父親に分かってもらえないことに絶望したこと。
運命というものを嘆くばかりで受け入れられなかったこと。生きることを諦めてしまったこと。

その全てが何故だかすんなり理解できてしまい、その時の感情すら生々しく蘇ってくるようでした。
そしてとどめの一発が!
大姫の亡くなった日がわたしの彼氏の誕生日と同じだったんです…。これが一番の衝撃でした(笑)


そんなことから、大姫はわたしにとって、思い入れのある人物となりました。
前世を信じる信じないは個人の自由ですが、わたしは前世ってあってないようなものと思っています。
というのも、前世とされるその人がそっくりそのまま生まれ変わるわけではない、と考えているからです。

前世ってひとりじゃないですよね。たくさんいるし、人間以外もあるし、地球人じゃない場合もあるし、遡れば植物だった人もいたりします。
でも、ひとつの魂が何度も生まれ変わっているわけではなく、今回「わたし」として生まれる時に同じ大元から生まれた魂の記憶から少しづつ選んで、それを持って生まれてきます。
それは課題とも言えるし、託された希望とも言えるけど、結局はギフトなんです。

生まれる時、みんな宇宙からの祝福と共に送り出されてきました。その祝福こそがギフトです。
そのギフトボックスの中には、その人の才能や天命が入っているけど、最初は鍵が掛かっています。

開かずの箱を抱えるうちに、次第にその箱に興味が薄れ、ただの役に立たない荷物と化してしまい、自分には才能なんてないと卑下することもあるかもしれません。でも、みんな持っているんですよ。
そして、その鍵を開けるのを手伝うために前世という存在があるのだとも思うのです。


24話の作中、死にゆく大姫が口にした言葉に涙が溢れてきました。

「わたしはわたしの好きに生きてもいいのですか?」

もう、ぼろっぼろですよ、全わたしが泣いたよ。
三谷監督!って心の中で叫んだよ。

もちろん、これはあくまでもドラマで、本当に大姫がそう言い残して亡くなったかなんて分かりません。
でも似たようなこと言ったかもしれない。もしかしたら、三谷監督、無意識にチャネリングしちゃってるかもしれない。
かどうかはさておき、めちゃめちゃ心に刺さりまくりだったのは、大姫がわたしに託したのはこれなんだ、と直感的に感じたから。

「わたしはわたしの好きに生きる」

そう、何を望んでもいい時代に生まれたのだから。
思った通りに自分の好きなように生きることを許されているのだから。
何を選ぶのも、決めるのも自分なのだから。