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とても励みになっています。

こんなことでつらいと言って良いのだろうか?
よく原因もわからないまま、症状だけに対応して生きる毎日。
いろいろできていたことを諦める日々。

老いるというのは、こんな感じなのだろうと、早めに悟っている感じ。
健康に戻れることなら、早々とこんな隠居的心境にならなくてもよいのだけど、なぜ動けないのか?それを突き止めなければ、ご隠居生活は改善されないのです。

しかし、元気になったらバリバリ仕事するかな?…

頑張っている人は輝いていて、エネルギーがあります。
素敵です。

だけど、このご隠居生活で元々ののんびりした性格の自分を思い出しました。

父母を早くに亡くしてから、すごく頑張ってきたんだな、って。
仕事、妻、母…
役割をこなすことに、頑張りすぎて、体に無理をさせていたのだと思います。

樹木希林さんが言っていたので、私も言って良いのだなと、ひとつ得心のいくことがありました。
樹木希林さんは、若い頃から体力があまりなかったらしく、文学座に身をおきながらも、体力的に大変な舞台女優はされなかったそう。

最初から、自分をわかって無理しないで生きる方法をみつける生き方をすればよかった。

そうは言っても、状況が許さない事情もあり、頑張らざるを得なかったのは、宿命なのかもしれません。 



でも、十分頑張ったから…ニコニコ



もう頑張らない…


元々、ボーッとしていて、周りから遅れてしまう子ども。
母に
「もっと、すばしっこくなりなさい!」
と、叱責されていましたショボーン
体育も2、図工も2
市民マラソン大会では、同学年の部で後ろから2位。
ビリを争っていた子の少し前に出るのが、精一杯。

そんな子だった私は、その後、頑張った!
というか、無理やり頑張らされた。
小6の担任が、毎日4キロのマラソンを課したのです。クラス全員。
体力のなかった私は、先生の手伝いだとか、他のことをして、やらずに済ませようとズルを続けていました。
1キロ走るのも無理って思っていたから。
それを、先生がゆっくりゆっくり一緒に走ってくれて、なんとか走りきることができた時から、やればできるかも…と思ってしまったのだよな~チーン
結果、やればできる子になりました。
持久力はなかったのですが、短距離はどんどん速くなっていったし、運動部の部長も、これは仲間の陰謀でさせられていただけなんだけど、やることができました。
それからは、チャレンジすればできるんだ!といろんなことをやりました。
けれど、体力のない私は、常に他の人たちのペースについていけず、遅れをとっては、ゴメンゴメンという感じ。

体力つけろ、といつも言われていたものの、体質というのは変わらないものだと、この年になってようやくわかりました。

頑張ってできたことはたくさんあります。楽しい思いもたくさんしました。
でも、そのお返しが今頃来ているのかな、と感じています。

病気になった理由などないのだろうけれど、何かのメッセージがあったとしたら、

「のんびりさんに戻っていいよ」

なのではないかと思います。

頑張らなくていい…は、私にとって待ちに待った言葉かもしれません。


今日も雨音を聞き、湿った緑の匂いをかぎ、今年もまた梅雨なんだな、と思っているのが心地いい。

こんな生活が理想だったのでは?

と思い出しました。

今が幸せ、幸せ🍀