先日母が旅立ちました。
ブログでも何度か書きましたが
病名は多系統萎縮症
国の難病指定です
7年ほど前かなぁ
目の前で母が転びました
見た事ないような感じで
私もびっくりしました
今思えばその頃から変化がありました
電話で話すとちょっと変
「お母さん、飲んどると?」
たまに会うからこそわかる微妙な話し方の変化
もありました
それから歩き方に変化があり
病院に行くと
パーキンソン病ではないかと、、、
その時父は
「それだったら俺がお母さんの足になる‼️」
と言ったそう
母はリハビリを本当に頑張りました
少しでも筋肉を維持するため
足や腕に錘をつけ
折り紙をし
家事も出来るだけやっていました。
でも薬は効かずどんどん進行していく病状に不安を覚え
勧められた少し離れた別の病院で見てもらうことになりました。
お盆の真っ最中検査入院
結果、多系統萎縮症 と診断されました
母も一緒に聞きました
説明を受けても顔色ひとつ変えない母
本当は辛かっただろうな
元々ガンガン動く人
地域の役に立ちたいと行動する人
そんな人がこれから動けなくなることを告げられました。
でも母と父は前を向いていました。
父はつきっきりで
一緒にご飯作ったり
買い物行ったり
出来ることはやっていました。
その頃は大好きな温泉旅行にも行けてたのかな。
私もたまたま8人乗りの車だったので
6人を乗せて旅行に行きました。
でもだんだん母は動けなくなりました。
入院した方がいいのではと思ったけど
父がまだ大丈夫だと。
同居してる妹が
父がSOS出すまでと頑張ってくれたおかげで
父も納得の上の入院となりました
それからまもなく誤嚥性肺炎になり
2019年11月より食事が出来なくなり
点滴のみになりました。
それからコロナ、、、
面会できなくなりました
でもいつどうなってもおかしくない状況
母の状態が悪くなると父は面会出来たようですが
2年で数回のはず
私も3回くらいかなぁ
最後に会ったのは2021年11月1日
もう意識もほとんど無いみたいでした。
父はギリギリ最期に立ち会えたよう
葬儀にはたくさんの方々が来てくれました。
色んな話が聞けました。
母は変わっていく自分を見せたくなかったようで
面会は直接拒否してたようでした。
涙ながらに、お母さんからしごかれたよ〜
でも今私達があるのはお母さんのおかげよ
お母さんがいなかったら
お母さんがいてくれたから
と皆さんに言っていただきました。
通夜の最後は母が立ち上げたボランティア団体の人達がたくさん集まってくれ母を囲んで号泣
お願いして写真を撮らせていただき、棺に入れました。
葬儀も終わった後父が
「お母さんはいろんな人に慕われて凄かった。俺みたいなやつと結婚せん方が良かった」
と言ったので
妹と
「お父さんやったけよかったんよ!お母さんも自由に出来て!」
今は色んな人が父のことを心配してくれています。
父は母より7つ上
まさか自分より先に逝くとは思ってなかったでしょう。
84歳だけど、まだまだ元気な父
寂しくないように相手しなきゃな
文章めちゃくちゃですが、ご勘弁を。