https://news.yahoo.co.jp/articles/e7017809a60726edbc333e2d8d251c0c086ace67
日本を震撼させた迷信「丙午」が60年ぶりに…
元女子アナ教授が語る“火の馬”世代のリアルと研究員が指摘する本当のリスク
集英社 記事抜粋
まもなく迎える2026年の干支は午(うま)。
十二支と十干を組み合わせた60年周期の「六十干支」では「丙午(ひのえうま)」
にあたる。この「丙午」には“迷信”が存在し、前回の1966年には、
出生率の急激な低下など大きな社会的な影響を与えた。
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午は馬、「丙」は火や太陽を意味し、“火の馬”という情熱的で力強いイメージを想起させる。
馬と火はともに“陽”の性質を持つとされており、これが巡り巡って
「この年に生まれた女性は気性が荒い」「夫の運気を食い尽くしてしまう」
「男を不幸にする」などの“迷信”が誕生してしまった。
この迷信を広める最大のきっかけになったといわれるのが、
「丙午」に生まれたとされる青果店の娘・お七。
恋人に会う目的で放火事件を起こして死罪になるストーリーの『八百屋お七』だ。
江戸前期、井原西鶴が『好色五人女』にてこの話を書いたところ、
丙午の女性に対する偏見が一気に定着したと言われている。
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いわば迷信なのだが、影響は大きく、
1966年には、かの有名な「丙午ショック」と呼ばれる出生数の急落が発生。
高度経済成長で右肩上がりに子どもが増える中、
“丙午の女性”を産まないように、と出産を控える夫婦が相次ぎ、
1966年の出生率は当時最悪の1.58、出生数は前年比約25%減の約136万人を記録した。
これは、前年1965年の出生数が約182万人、1967年が約194万人という数字からも、
明らかに“そこだけ下がっている”ことが分かる。
エビデンス重視が叫ばれる現代からは馬鹿げた話だが、
当時の人々は丙午の迷信を大マジメに信じていた。
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前回の丙午である1966年に生まれた、元読売テレビアナウンサーで
京都産業大学現代社会学部教授の脇浜紀子氏に実体験を尋ねた。
「自己紹介では『丙午です!』と自虐みたいに使っていて、
読売テレビ時代のプロフィールにも、自分から丙午だと書いていたと思います。
やっぱり丙午って覚えてもらいやすいですし、
プライドというかアイデンティティのような部分もあるんですよ。
『丙午に生まれた子どもが女の子だったら可哀想』と親たちは産まなかったわけで、
馬鹿馬鹿しさの極地ですよ。
でも、あのときの親世代にとっては、別に馬鹿馬鹿しいことではなかった。
そういったものに対するアンチテーゼから、あえて『私たちは丙午よ!』と
名乗ることで、“昔のしがらみや迷信には囚われないんだ!”
“そんな時代終わったでしょ?”と押し出すような、
そういう気概に繋がっていた部分は、この世代には少なからずあるような気がします」
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大学時代の就職活動に関しては、幸運にもバブル全盛期と重なっていたそう。
丙午だけでなく前後の世代も該当することではあるが、
企業側から旅行に招待される学生も多い超売り手市場だったそうだ。
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1966年に急激な出生率低下を招いた丙午だが、公共政策に係る調査研究を行う
SOMPOインスティチュート・プラス公共政策調査部の上級研究員・小池理人氏は、
「現代ではほとんど影響はない」と分析する。
「インターネットやSNSの発達によって、実際の丙午生まれの人の事例に
触れることが容易になっており、一連のいわれが迷信にすぎないことが
実感を持って理解しやすくなっています。
Xでは不確定な投稿に注釈をつけられるコミュニティノートなどの仕組みも
存在しており、科学的根拠の乏しい情報への指摘が入りやすいことも、
丙午の影響が小さくなる理由として挙げられるでしょう。
また、現代では晩婚化・晩産化が進んでいるため、
回避するべきは迷信ではなく高齢出産となっています。
ただでさえ出産が高齢化するなか、出産を1年間遅らせるコストは、
1966年当時よりも遥かに高い状況です」
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12月4日に日本総合研究所が発表した試算によると、
2025年の出生数は66万5000人で過去最低を更新する見通しだ。
今から「丙午=火の馬の年に生まれるなんて神々しい!」という
キャンペーンでも張り、来年の出生数を70万台に回復できたらよいのだが……。
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来年。。ただの「午」年じゃなくて「丙午」(ひのえうま)なんだ。。
この迷信(?)言い伝え(?)を知ってる身としては。。
来年の末とか再来年あたりに。。
メディアが「日本、また出生率低下‼」とかって報道しそうな。。
ちなみに。。
干支にまつわるものとして他にも「ごうのとら(五黄の寅)」ってのもある。。
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