シアトルでご活躍の奥村薫さんが凱旋公演の会場として、ねこ福でも舞踏公演を開催くださいました。
緻密なスケジュールのなか、ねこ福に濃ゆい1日をシェアいただき大変光栄なことでした。
ご来場の皆様とも垣根なく交流くださりながらのステージは、滅多に体験できないであろうプライベート感溢れる贅沢なものでした。
改めまして、奥村薫さん、ご来場の皆様に御礼申し上げます!
さぁ、あの日のことを振り返ってみよう♪
舞台はこちら。
幅25cmのタイルの張り。
ここが何処かというと…
和洋折衷な畳部屋の小さな小さな床間。長さも125cmしかない。
手を広げれば両側の壁に手が当たってしまうほどの狭い狭い空間が、演目のステージとなりました。
20分、この枠の中で舞台が繰り広げられました。
まるで「額縁の中の動く芸術」。
まずはこの幅の中で自由に身体表現ができてしまうことに驚く。
指先まで細やかな意識が行き渡った所作には、土台の不自由さ、不安が感じられない。
内観を誘う悠然としたヒーリング音楽に合わせてゆるりと滑らかに動く身体、体幹やいかに…。
始まりはそんな動きを目が追っているのだけれど、すぐさま芸術作品が発するメッセージが響いてくる。
起承転結はあるものの、どう表現したら良いのだか。
掴めそうで掴めないものが成長していく?移ろってゆく…ある種のパターンを描き出しているというか。
抽象だけど確かに「ある」。そういうものごとの深部を表現する身体芸術、それが舞踏なのかもしれません。
限られた空間からはみ出さない一連の動きは、床の間が身体芸術を閉じ込めるための額装だったかのように錯覚させました。
ある女性の棲家を覗き見ているかのようでもありました。
ある人はこの舞台を墓場と感じ、また別の人は秘めた恋愛感情の揺れ動きと感じたそうです。
ねこ福には、自身を枠に嵌め“これが自由だ”とその範疇で豊かさや楽しみを謳歌しようとしている女性の暮らしと映りました。
人は見たいように目の前の出来事を見ている
みなさんのご感想をうかがうことで、まさにその真理が提示されたのでした。
描き出しているものが深層なほど如何様にも捉え方が広がる、見る人の観念に多くを依るようになる。…ってことでもある。
薫さんの表現力に感服。酔いしれた舞台でした。
米ワシントン州シアトル在住の舞踏家
・学生時代に舞踏と出会い、1993年から元藤燁子(暗黒舞踏創立者の妻)に従師
・コンピューター研究者として日本IBM東京基礎研究所入社
・1998年にマイクロソフト本社勤務となりシアトルに移住
・2008年地元の舞踏グループと活動を再開
・ソロ舞踏シリーズを中心に国内外のアートフェスティバルなどで活動中
・2016 年 グーグル「アートと人工知能」と6カ月にわたり共同研究、発表
・2023年より日本凱旋公演を開始、本年で3度目
続きます…。
2023年公演の様子もこちらでレポートしてます♪







